ー火葬ー
玄関を入るやいなや祭壇のある一階の和室に入った。
飾ってある写真の前で、大粒の涙をポロリとこぼした。
「マリちゃん」と言ったきり絶句した。
数秒して、遺体に掛けてある白い布をとって、また呼んだ。
「マリちゃん」
薄く目を閉じて静かに寝ているようなマリオは何もこたえない。
娘は夫が「マリオの好きな」と言って、持たせてくれたメロンを祭壇にあげると、マリオとの思い出が蘇ってきた。
新幹線の車中もそうだったが、祭壇で寝ているマリオとの十三年間の想い出が走馬灯のように浮かんで来る。
ペット店で、目に入れても痛くないように可愛げだった。
ヨチヨチと無邪気にじゃれていた幼い頃。
二週間も家出をし、心配で受験勉強も手につかず眠れなかった日々。
高校受験、大学受験と悩んでいる時、無心に横に座っていた。
恋愛時代、帰宅が遅くなっても必ず起きて待っていた。
結婚式の前日、別れの朝に意味がわからないながらも、寂しそうなまなざしだった。
そのマリオが結婚式から一週間後に天国に召されるとは想像もしなかった。
その日の午後、獣医院から紹介された動物霊園の火葬場で、マリオは小さな小さな骨になった。
火葬の煙は、細く長い一筋の白い糸のように、どんよりとした曇り空にたなびいていた。
一時間半くらい霊園の待合室で待ってから骨を拾いに行った。
まだ熱い鉄板上の一塊の骨を見て、娘がつぶやいた。
「マリちゃん、こんなに小さくなって…」 骨を拾う時、娘は再びマリオが元気だった頃を思い出して涙が出た。
涙は熱い鉄板の上に静かに落ちた。[
涙がマリオの骨に吸い込まれていた。最后の一ミリ程度の骨も惜しんで拾った。
帰りの車で、マリオの骨の入った箱を抱えて、娘は無言だった。
家に帰って娘が言った。
「マリちゃん、帰って来たよ」
ママさんが後ろで涙ぐんだ。
祭壇にお骨をあげて、一週間前の結婚式や旅行の話の後に、マリオの骨の処理について話をした。
ママさんと娘の意見は違っていたが、娘の「だって、フォア・ザ・ファミリィでしょう」の一言で決まった。
娘はトンボ帰りで、その日の最終の新幹線で東京に戻っていった。
新幹線に乗り込む時、「お父さんもお母さんもマリオの部屋で寝てあげてね」と言った。
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