2008年6月19日木曜日

育ち盛り



―最後の御用始めー

国鉄一家と呼ばれるぐらいパパさんの職場は団結力?があるらしい。それ故、お酒を飲む機会が多い。酒が飲めないと変人扱いをされかねないと言う。国鉄の民営化作業も終盤にきて正月を迎えた。

パパさんも久し振りに休みが続いている。マリオも久し振りに家族全員揃っているので、浮き浮きした気分になる。

ママさんは正月の準備で大わらわだ。

「マリちゃん、邪魔だからあっちに行ってなさい」と叱られるが、荷物がわんさとあるキッチンが気になって仕方がない。

ママさんはマリオの大好物な鳥のささみを煮てくれた。

大晦日、家族全員と年越しの夕食を済まして紅白歌合戦が終わると、除夜の鐘が鳴る。

「明けましておめでとう」と声を掛け合う。マリオは始めての正月で意味が判らないが、家族と一緒にめでたい気分になってくる。

ママさんは「皆、頑張ってね」と気合を掛けている。

パパさんは国鉄民営化。長男は大学受験、娘は高校受験とチャレンジ揃い踏みだ。

年越し蕎麦を食べて三々五々夫々の部屋に入り初夢を見る。

翌朝は初詣に神社へ出かけた。長男と娘は眠たくて「行きたくない」と言って、ママさんに叱られていた。

「何を言ってんのよ、あんた達のために行くんでしょう」

穏やかな正月三が日もあっという間に過ぎて、パパさんは国鉄最後の御用始めに出勤した。民営化になると「仕事始め」と言うらしい。

 ママさんは朝から大忙しだ。猫の手も借りたいのか「マリちゃんも手伝ってね」と言われた。

実家からお祖母ちゃんが手伝いに来た。ママさんの忙しい訳は今夜パパさんの職場は新年の御用始めということで大飲み会になり、その後のはしご会場に我が家がなるための準備に気合が入っている。

 事務所で飲むだけでなく、係長、課長、次長と最終の局長宅をはしご飲みして御用始めのお開きになるそうだ。パパさんの課は同僚の管理職が単身赴任のため、パパさんがはしご会場を引き受けた。

 ママさんの大奮闘。

 「あんた達も手伝ってよ」と子供たちに言う。

 「テーブルを出して頂戴」子供たちが渋々動き出す。二階の納戸や地下室からありったけのテーブルを引っ張り出す。マリオも子供たちと一緒にうろうろするが、「マリ、邪魔だ」と長男に怒鳴られる。娘は「マリちゃん、こっちにおいで」と言ってくれる。

 日が暮れるころになると、並べたテーブルの上にお祖母ちゃんとママさんの親子合作料理が所狭しと鎮座する。

 お役目御免のお祖母ちゃんと一緒に、子供たちとマリオはママさんの実家に臨時疎開する。

 パパさんは本務の課に加え、兼務している課があるため来訪する飲んベー諸君は倍になる。その数は五〇人を超える。広い積りの居間と和室で足りず、二階の和室まではみ出す。

 パパさんはママさんに感謝しながら飲んベー達の輪に入る。部屋のあちらこちらに持参した酒やおつまみが散乱している。何故かケーキも二、三個ある。

 この頃になると、大方の職員の転身先は決まっていて、国鉄最後の御用始めの最終会場は、万感の思いを込めて深夜まで盛り上がっていた。

2008年6月17日火曜日

育ち盛り



ーお琴と三味線ー

 娘は東京にいる時、お琴を習っていた。

 引っ越した社宅にパパさんと職場が同じ人がいて、すぐに家族ぐるみのお付合いになったそうだ。北海道出身で、今でも盛岡・札幌間でお付合いをしている。

 そこのママさんはお琴の先生で、娘より一つ年下の女の子がいた。女の子はお琴教室に通っていた。その女の子と友達になった娘は、ある日、女の子についてお琴教室に行った。

 お琴のおさらいを見ているうちに、娘は自分も習いたくなった。

 帰ってきて、ママさんに言った。ママさんは即座にOKした。娘は盛岡時代にピアノを習っていたが、東京に引っ越したため中座していた。

 娘はピアノよりお琴が向いていたのか、トントンとクラスをあげてお免状を貰った。

 東京に居た五年間に色々なところで発表会をしたらしい。

 盛岡に引っ越しするということになり、東京のお師匠さんは残念がった。盛岡に行っても続ける事を勧め、お師匠さんの後輩であるの芸大出身の先生を紹介してくれた。

 娘は、マリオがこの家に来るちょっと前から紹介された盛岡のお琴教室に通っていた。教室は週に一回であるが、高校の受験勉強と掛け持ちで結構忙しそうである。

 特に、発表会が近くなるとあわだだしい。一か月前から家でも練習する。普段もママさんは「家でも練習しなさい」と言っているが、ほとんどしない。

 何か切羽詰まらないと、その気にならないという人間の悪い癖だ。それでもお琴の練習をママさんと一緒に聞いていると、ホワンとしてマリオも落ち着いた気分になる。

 東京時代同様、発表会当日はパパさんも駆り出される。道具を運んだり、カメラマンになったり、録音をとったりで大変そうだ。

 「仕事より大変だよ」と言いながら、結構ハッスルしている。

 話は変わるが、お琴と三味線はセットになっているらしい。お琴も相当の上級になると三味線を習うことになる。

 ママさんは自分の好みもあって「三味線も習いなさい」と娘に薦めている。

 三味線の音響部は猫の皮を張ってあるため、マリオとしては止めて欲しいと思っている。同族の悲しい泣き声みたいな音色は聞きたくない。

 娘は「あんなお婆さんみたいなのは嫌」と言って習う気はないらしい。

 マリオは内心ホッとしていた。