2008年8月9日土曜日

青年時代


語録

 国鉄からJRになって、最大の課題は社員の意識改革だった。そのために各職場ではいろんな工夫をした。「官舎」は「社宅」になった。「…殿」は「…様」に変えた「業者」という表現は「会社」と変更した。一番大事な「お客さん」は「お客様」に統一した。「国鉄規格」は、一般的な規格にどんどん変えていった。

 電話の応対もつっけんどんスタイルから、部署名・氏名を名乗る習慣に切り換えた。接客も国鉄時代の「乗せてやる」式を「お客様第一」主義にした。

 パパさんの職場は建設技術部門だったため、ほとんど接客の機会はなかったが、それでも外部との接触には気を使った。

 パパさんは職場全員のコミュニケーションのために朝礼をすることにした。

 全員で「社是」を復唱してから、長であるパパさんがスピーチをして、当日のスケジュール等を連絡する。その後に社員が毎日交替で一人ずつ1分間スピーチを義務づけた。

 当初は非常に不評だったらしい。ボスでない社員が全員の前でスピーチをすることは、国鉄時代にはほとんど機会がなかった。

 それでも慣れてくると、それぞれ漫談調あり、説教調あり、反省調ありのバラェティに富んだ内容になり、結構楽しいものになった。

 パパさんのスピーチは、意識改革調で口癖は「課内より課外、社内より社外」と「電話は3回以上鳴らすな」の二つである。「課内より…」は組織内志向ではなく、社会全般がどのように考えてどのように動いているかという外部志向の意識を持って欲しいという意味が込められている。

過去に「国鉄一家」と言われ、40万人の巨大組織が崩壊した苦い体験が、パパさんに言わしめている。

 「電話は3回以上…」は当然だが、連接電話のためベルが鳴っても(誰かが取るだろう)というもたれ合い姿勢を戒めるものだ。社内外ともに電話になかなか出ない相手は好感の持てるものではない、というパパさんの意識が部下社員を督励している。

 人間の気持ちはスタイルが変わったからといって、簡単に切り換えられるものではないが、諦めず繰り返し語ることによって少しずつでも社会から好感を得られる企業体質にしていきたいとパパさんは考えているらしい。

 マリオは、子供達と生活しながら(子供達が)真っ直ぐスクスク育つことを無意識に望んでいる。

 

ー赤ちゃんー

 マリオは赤ちゃんが嫌いだ。総じて幼い子供には恐怖を感じる。

 これは、家出をした時に見知らぬ家に幽閉されて、小さな子供に虐待された(子供は子供なりの愛情表現だったかも知れないが)体験が尾を引いていた。

子供にいじめられるだけなら反抗すれば気が済むけれども、その行為をこっぴどく叱られ殴られるという理不尽なことが恐怖だった。

 ママさんに抱かれて外に出ると近所の小母さんが赤ちゃんを抱いて「アーラ、可愛い猫ちゃん」と言って接近してくる時は、全身の毛が逆立ってくる。

 威嚇するどころではなく、ただちに逃げ出したくなって、ママさんの肩に爪をミリミリと立てて背後に回ろうとする。

 何もされなくても、ともかく小さな子供を見ると恐ろしくなる。

 家族以外の人間には多少警戒心を抱くが、小さな子供はそれ以前の問題なのだ。

 「マリちゃんは、赤ちゃんが嫌いだよねー」と言って、家族はマリオが小さな子供には絶対いたずらをしないと安心している。

 いたずらどころかマリオにとってはこの世で一番恐ろしく、かつ近寄ってはいけない存在が、赤ちゃんなのである。

 そんな気持ちも知らないで、パパさんは2週間にわたるマリオの家出の成果として(その内、マリオに似た子猫が出てくるかもしれないな)と期待していた。


 〈うわさの大工〉