skip to main |
skip to sidebar
―社会人大学院ー パパさんが論文らしきものを一生懸命書いている。
娘がそれをワープロで清書するお手伝いをしている。
どうやら、地元の大学院の社会人募集に応募する気らしい。 再就職した会社ではルーチンワーク(決まった仕事)があるわけでなく、JRでバリバリやってきたパパさんには日々が物足りない。JR時代に従事した「プロジェクト・マネジメント」を経営学の論文にまとめるという目的らしい。 春先に、技術士の経営工学の国家試験に合格し、その上会社の仕事が暇すぎて当面の目標がないのも原因している。 ママさんも子供達も冗談だろうと思っていたが、パパさんは本気だった。 面接試験から帰ってきてママさんに話していた。 「(受験者の中に)俺より年配の人もいたよ」 四月から、56才の大学院生になった。 「教授がほとんど年下でやりにくいよ」と言いながら、結構楽しそうだ。 毎日行くわけでなく、選んだ講座のある時間だけ行けば良いらしくて、閑職同然のパパさんとしては全然負担にならない。 隔週の土曜日に特別研究の講座もあるが、この日は娘に車で送られていく。 大学院は学部からの進学組や留学生の若い院生が多く、時々留学生に教授と間違えられるらしい。
マリオはその時のパパさんの様子を想像して、楽しくなった。 オヤジ院生のパパさんも慣れてくると、学生気分になるのか、今日はゼミの連中と飲んできたとか教授と国分町でカラオケをしたとか結構楽しそうである。 「トルコから来た○○ちゃん可愛いぞ」と言ってママさんのひんしゅくを買っている。 研究室では院生に親分と呼ばれて慕われているらしいが、ママさんには「真面目に勉強しなくちゃ駄目よ」と言われていた。 東北大学
ーライバル登場ー
札幌から神戸に転勤していた長男が仙台に転勤してきた。
仙台の家から札幌に転勤した時は独身であったが、今度は嫁さんと神戸で生まれたジュニアと三人で戻ってきた。
パパさん、ママさんにとっては初孫である。
パパさん五十五才、ママさん五十四才である。おじいちゃん、おばあちゃんと呼ぶには若干抵抗のある年齢である。
それでも二人はニコニコしている。目に入れても痛くないとはこのことだろう。
家庭の主役だったマリオにとってはライバル登場で、マリオのステイタスの危機でもある。
年をとっても、我が家のアイドルを自認しているマリオは家族の愛情を横取りされるような危機感を感じていた。その上何よりも嫌いな赤ちゃんである。
益々、憂鬱になる。
ジュニアはよちよち歩きであるが、まだはいはいが楽らしくて歩くことは少ない。
幸いなことに、長男は会社の社宅に住むので嫁さんがジュニア同伴で訪問した時だけのストレスになる。
それにしても、家に来ると大変である。
ママさんはジュニアを抱っこして「ほら、マリちゃんだよ」とくる。逃げ出したいのをじっと我慢している。
そのうちジュニアも慣れてきて、「ニャーニャ、ニャーニャ」と近寄ってくる。
マリオには恐怖の連続である。
救いは娘がいる時だけである。
「ねー、マリちゃん、ジュニアなんて」とマリオをかばってくれるが、気持ちは少しずつジュニアに傾いている。
ジュニア用語。ジィジィ=パパさん、バァバァ=ママさん、ネェネェ=娘、ニィニィ=次男、ニャーニャ=マリオである。
マリオには何のことか判らない。
ジュニアは来る度に大きくなっている感じで言葉もしっかりしてくる。マリオの呼び方も「ニャーニャ」から「マリちゃん」に変わった。
マリオは時々ジュニアにジェラシーを感じる時もあったが、餌を運んでくれたり、優しい一面のあるジュニアが少しずつ憎めなくなっていった。
それに同性という親しみもあったかもしれない。
ーマリオの憂鬱ー 慌ただしく引っ越しをした。今まで住んでいた社宅から距離にして三百メーターくらいなので、ほとんど梱包もしない。次男に大学の友達数人を集めさせて、アルバイトを兼ねた引っ越しで運送屋にも頼まないユニークな引っ越しである。
トラックをレンタルしたため、結果的には運送屋に頼むより高くついた。パパさんは次男の友達のミニ奨学金だと割り切っている。
ともかく、新しい出発である。マリオは二度目の転居で、猫にしては移転が激しい方だ。猫は生活環境が変わることが一番こたえるが、家族全員一緒なのでマリオは気にならない。とはいうもののひとつだけ欠点があった。
今度の家は四階にあって、土がないのが大変である。幼い頃から、庭付きで育って前の社宅も一階だったから首輪をして前庭に放してもらった。今度のマンションではそのようなことは期待できない。ベランダがあるが、今まで上ったことのない高さである。目の前の竹藪にいろんな鳥が飛んで来ることくらいが、日々の変化になる。
家の広さも前の社宅より一回り小さい。どうやら引っ越しする度に家が狭くなる。
パパさんはマンション購入で思わぬ大出費になり苦虫顔だが、ママさんはあこがれのマンション生活でルンルンである。
住んで一か月ほど過ぎて、マリオは体調不良をかこっていた。やっぱり土に接しないのは具合が悪い。盛岡の家でも、JRの社宅でも庭があってマリオの好きな青草があった。マンションにはそれがない。
長毛の猫は毛並みを揃えると、どうしても毛が口に入る。それが胃の中で毛玉になる。そうなると吐き出さなければならないが、青草を食べないと吐き出しにくい。そのためもあってか、体の調子がよくない。 一度、開いていた玄関から外に出てみたが無表情な通路があるだけで、どこからか人が突然現れそうで、慌てて家に引き返した。 ママさんが気づいて、前に住んでいた社宅の庭から青草を取ってきてくれた。マリオは新鮮な青草がこんなに美味いものかと改めて感じた。 娘もペット屋から猫の好きな草の種を買ってきてくれるが、プランターに植えて食べられるまでには二週間ぐらいかかる。 このままマンション生活が続くかと思うとマリオは憂鬱だった。 新聞を眺めるマリオ