2008年5月10日土曜日

育ち盛り3

ー閉所好意症ー
 
幼い頃、段ボールベッドで育ったせいか、狭い所が大好きだ。
 娘が面白がって狭い入れ物を見つけて来て目の前に置く。
 とにかく、箱状の空間があると中に入りたくなってしょうがない。
 半年位まではティッシュペーパーの箱がお気に入りだった。娘はそれを承知で、ティッシュペーパーが無くなると空箱の上をとってくれる。退屈な時はそれに入る。
 そんな箱が家中にあって、縁がボロボロになるとまた新しい空箱を作ってくれた。
 人間には閉所恐怖症があり、狭いところに居ると怖くなる人がいるが、猫は得てして狭いところが大好きである。
 自分にピッタリあったサイズの入れ物に入ると安心感がある。
 入れ物が大きいとどこに落ち着けば良いか判断に困ってしまう。
 この癖は長じても治らない。家族の鞄が開いていると何とかして中に入ろうとした。鞄に白い毛がついて、持ち主のひんしゅくを買う。
空箱は段ボールだろうが、お菓子の箱だろうが一度中に入って大きさを確かめないと気が済まない。
 テレビ台の中も部屋中見渡せる上に安全なスペースでお気に入りだ。

パパさんが海外出張にいく時も、広げて置いたスーツケースに入って見たが何となく居心地が悪くて二、三分で出た。
 その代り、後でお小言を貰った。
 「参ったよ、マリオ(毛)がニューヨークまでくっついてきてるんだから」


ーブラッシングー

嫌いなものはたくさんあるが、一週間に一回のブラッシングと月一回のシャンプーほど嫌いなものはない。  ブラッシングはママさんの役目である。
ブラッシングに抗議 普段は「マリ、駄目よ」と厳しいママさんが、「マリちゃん、今日はきれいにしょうね」と猫撫で声で優しく言う時は要注意なのだ。
 ママさんはブラッシング用のエプロンを着る。部屋の中だと白い毛がタンポポのように飛び回るため、庭のテラスがブラッシングの場所になる。
最初は手で毛並みをなでてくれる。次は粗めの櫛で毛の間をすく。さらに目のこまい板状のブラシでシュッシュッとすいてくれる。最后にまた粗めの櫛で毛並みを整えて終わりになる。ふわふわした抜け毛が丸めるとピンポン玉ぐらいになる。庭のあちこちにも抜けた白い毛の吹き溜まりができる。
 マリオはいつからか、ブラッシングが終わると居間のジュウタンで爪研ぎをして、その後ジュウタンの隅をまくり上げて猫キックをする癖がついた。
 ブラッシングされた腹いせと体が軽くなって気持ちがスーッとする両方の感情を、精一杯の形で表現している積もりなのだ。
 ブラッシングの櫛とブラシはステンレス製である。ママさんは皮膚をこすろうが、チクチク刺さろうが毛並みを綺麗にする事に集中するため、マリオの気持ちは無視される。
 痛くて「ニャーオ」と訴えようが、気分が悪くて「フーウッ」と威嚇しようが気にしない。
「マリちゃん、お利口さんにしなさい」の一点張りで、ママさんペースでやられる。ママさんは時々パパさんや次男の散髪をしている時も、度々苦情を呈されている。
 人間は対話ができるから良いが、猫は態度で訴えるしかない。態度で通じない時は実力行使しか方法がない。あいている手で爪を立てるとこっぴどくしかられる。
 一回だけだがママさんの腕に噛みついたことがある。この時は腹を板状のブラシでゴシゴシやられて痛いのを通り越して苦しくなったので、非常手段に訴えた。
 さすがのママさんもびっくりして、それから丁寧にしてくれるようになった。
 爪たては相変わらず抵抗手段として実行したが、ママさんは後ろ足を股の間に挟み前足を片手に握る対抗措置を考えだした。
 ブラッシングした後の快適さは何とも言えないが、されている最中の拘束状態はなんとも我慢できない。何とか良い方法が無いものかと思案するが、長毛の猫の宿命と諦めるしか方法がないようだ。


―雇用対策―

 家族の一員になって半年過ぎた。最初厳しいと思ったママさんもマリオには優しい母親同然になった。
 飼い主的存在の娘はマリオの言いなりだ。無愛想な長男と次男は無視したりされたりの関係だが、退屈な時はそれなりに存在感がある。
 パパさんは毎日帰宅が遅くて触れ合う時間がない。休日もたまにしか居ない。時々、寝るタイミングを失して居間のソファーに寝そべっていると、夜遅く酔っ払ってかつ、お疲れ状態で帰宅するパパさんと遭遇する。
 「オッ、マリオ、起きていたか」と声を掛けられる。その後がいけない。
 「待っていてくれたのかー」「いい子だなー」と抱き上げられる。
 パパさんの帰りを待っていた訳でなく、家族と一緒に寝そびれただけだが、家族全員が寝静まった家に帰ってきたパパさんとしては起きていたマリオの存在は感動ものだった。
 酒臭い息をかけられながら我慢するしかない。
 パパさんの勤めている国鉄がお役所から民間会社に変わるため、管理職のパパさんは多忙を極めている。
 民間会社に変わるだけなら形を変えれば済むが、国鉄は組織・規模が巨大でものすごい借金を抱えている。民間会社として自立するためには色々な問題を解決しないと、会社が成り立たない。
 本来の仕事のほかに、民営化移行の色々な作業が加わるが、改革まで十分な時間はない。
 債務(借金)の整理、そのための売却予定の不要用地の線引きにはじまり、組織をスリム化するため国鉄職員の振分け作業がある。民営化直前の国鉄職員は三〇万人弱居た。これを民営化移行時に二〇万人にする計画が進行している。差し引き約一〇万人を民営化される鉄道会社以外に転職させる計画だった。
 さらに、パパさんの所属する建設部門は民営化会社の投資抑制方針があり、要員縮減は厳しかった。勤務先である東北地方の鉄道建設を担う盛岡工事局は六百数十人の職員がいたが、これを半減する計画が立てられた。
 パパさんの管理する部門は一二〇人強の職員を旅客鉄道会社に四〇人配置し、残りを他部門に雇用転換させなければならならなかった。勿論、パパさん自身の行く末は皆目見当もつかない。
雇用対策の会議は夕方から行われるらしく、帰宅が遅い原因のひとつだ。
 マリオとしても改革疲れのパパさんを元気付けてやりたいが、人間界の複雑な行動は理解の範囲外だ。寝そびれたことを反省しながら、パパさんとしばしのお相手をすることがマリオの精一杯の気持ちなのだ。