朝から騒々しい。パパさんとママさんは家具の荷造りをしている。
次男はマンションに残り、そのまま学生生活を延長するから気楽そのものだ。
ママさんは起きてこない次男に業を煮やして「起きて手伝いなさい、お父さんの会社から手伝いの人も来るのよ」と気合いを掛けている。
マリオは朝御飯を貰うと「ここに居なさいね」と言われて、ベランダに出された。首輪付きである。ベランダの荷物を取る時、マリオが部屋を通り抜けて玄関から外に出ないための予防措置だ。
マリオにとっては三度目の引っ越しになる。
娘の帰宅を確認できないうちに、引っ越しの準備が始まった。娘の嫁入りから一週間過ぎたばかりだ。マリオは戸惑っている。
9時過ぎに、いかめしい男性陣がやってきた。
パパさんは「ヤァヤァ、どうも、忙しいのに申し訳ないね」と言っている。ママさんも恐縮している。
そうこうしている内に、長男の嫁さんがジュニアを連れて手伝いにやってきた。10人近いメンバーで荷物を運びだして、昼前に10トントラックに荷物の積み込みが完了した。
手伝いにきた男性陣は軽くビールを飲んだ後、昼食の鮨をつまんで帰っていった。
ママさんが「アッ、そうだ、マリにご飯をあげなくちゃ」といって立ち上がり、首輪をはずして部屋に入れてくれた。
キッチンで餌を用意して「これをマリちゃんにあげて頂戴」とジュニアに手渡した。
ジュニアは座っているマリオの前に行って「マリちゃん、食べなさい」と置いて、そのまましゃがみ込んで見ていた。
マリオは苦手なジュニアであったが、好物の鳥のささみだったのでちょっと口をつけた。
「マリちゃん、もっと食べなさい」とジュニアは言ってくれたが、あまり食欲がなかった。これがマリオのライバル的存在だったジュニアとの最后の触れ合いになるとは誰も予想していなかった。
昼過ぎに次男の運転で盛岡に向かった。途中パーキングエリアに二回寄った。普段はハイスピード走行の次男がマリオの体調を考えてのゆっくり走行だった。
車の中でママさんが、タッパーに入れてきた大好物の鳥のささみを食べさしてくれたが、相変わらず食欲がなかった。
それでもママさんは、「マリちゃん、食べなさい」と言ったので、二切れ程頑張って食べたら「ああ、良かった、良かった」と喜んでいた。
高速道路を走り抜けると夕暮れの中に、南部富士と呼ばれている雄大な岩手山が見えてきて、ママさんが「マリちゃん、もうすぐ着くよ」と言った。
インターチェンジを出ると、すぐママさんの実家である。実家ではなかなか到着しないので、心配したお祖父ちゃんが家の前で待っていた。
四月の半ばであるが、盛岡はまだ冬の名残りがあって夜になると冷え込む。
マリオは寝場所を探したが、適当なところがないので取りあえずヒーターの前に寝ることにした。
こんな寒い日はママさんの蒲団にでも潜り込めば良いのだが、体調が悪くてそんな気にもならなかった。
翌日、お祖母ちゃんの家から次男に抱かれて自宅に行った。自宅は新築同然にリフォームされていた。
荷物はトラックから卸されて家の外や中に積まれてあった。マリオは荷物を運び込むうち、地下室で待機した。運び込みが一段落し頃合を見て、二階の部屋で一休みした。
育った家は全面的に模様替えされて、幼かった頃とは大分違っていたが、ドアがそのままでマリオ専用のくぐり戸が残っていた。
幼かったマリオ 再び二階から降りて、地下室の窓から外を眺めていると幼かった頃の感触が戻ってきた。マリオには安心感が広がった。と同時に虚脱感に襲われた。
そして、子供達と賑やかだった頃の懐かしい想い出に浸っていた。