2009年4月16日木曜日



ー育った家ー

 朝から騒々しい。パパさんとママさんは家具の荷造りをしている。


 次男はマンションに残り、そのまま学生生活を延長するから気楽そのものだ。


 ママさんは起きてこない次男に業を煮やして「起きて手伝いなさい、お父さんの会社から手伝いの人も来るのよ」と気合いを掛けている。


 マリオは朝御飯を貰うと「ここに居なさいね」と言われて、ベランダに出された。首輪付きである。ベランダの荷物を取る時、マリオが部屋を通り抜けて玄関から外に出ないための予防措置だ。
 マリオにとっては三度目の引っ越しになる。


 娘の帰宅を確認できないうちに、引っ越しの準備が始まった。娘の嫁入りから一週間過ぎたばかりだ。マリオは戸惑っている。


 9時過ぎに、いかめしい男性陣がやってきた。


 パパさんは「ヤァヤァ、どうも、忙しいのに申し訳ないね」と言っている。ママさんも恐縮している。


 そうこうしている内に、長男の嫁さんがジュニアを連れて手伝いにやってきた。10人近いメンバーで荷物を運びだして、昼前に10トントラックに荷物の積み込みが完了した。


 手伝いにきた男性陣は軽くビールを飲んだ後、昼食の鮨をつまんで帰っていった。


 ママさんが「アッ、そうだ、マリにご飯をあげなくちゃ」といって立ち上がり、首輪をはずして部屋に入れてくれた。


 キッチンで餌を用意して「これをマリちゃんにあげて頂戴」とジュニアに手渡した。


 ジュニアは座っているマリオの前に行って「マリちゃん、食べなさい」と置いて、そのまましゃがみ込んで見ていた。


 マリオは苦手なジュニアであったが、好物の鳥のささみだったのでちょっと口をつけた。


 「マリちゃん、もっと食べなさい」とジュニアは言ってくれたが、あまり食欲がなかった。これがマリオのライバル的存在だったジュニアとの最后の触れ合いになるとは誰も予想していなかった。


 昼過ぎに次男の運転で盛岡に向かった。途中パーキングエリアに二回寄った。普段はハイスピード走行の次男がマリオの体調を考えてのゆっくり走行だった。


 車の中でママさんが、タッパーに入れてきた大好物の鳥のささみを食べさしてくれたが、相変わらず食欲がなかった。


 それでもママさんは、「マリちゃん、食べなさい」と言ったので、二切れ程頑張って食べたら「ああ、良かった、良かった」と喜んでいた。


 高速道路を走り抜けると夕暮れの中に、南部富士と呼ばれている雄大な岩手山が見えてきて、ママさんが「マリちゃん、もうすぐ着くよ」と言った。


 インターチェンジを出ると、すぐママさんの実家である。実家ではなかなか到着しないので、心配したお祖父ちゃんが家の前で待っていた。


 四月の半ばであるが、盛岡はまだ冬の名残りがあって夜になると冷え込む。


 マリオは寝場所を探したが、適当なところがないので取りあえずヒーターの前に寝ることにした。


 こんな寒い日はママさんの蒲団にでも潜り込めば良いのだが、体調が悪くてそんな気にもならなかった。


 翌日、お祖母ちゃんの家から次男に抱かれて自宅に行った。自宅は新築同然にリフォームされていた。


 荷物はトラックから卸されて家の外や中に積まれてあった。マリオは荷物を運び込むうち、地下室で待機した。運び込みが一段落し頃合を見て、二階の部屋で一休みした。


 育った家は全面的に模様替えされて、幼かった頃とは大分違っていたが、ドアがそのままでマリオ専用のくぐり戸が残っていた。


幼かったマリオ 再び二階から降りて、地下室の窓から外を眺めていると幼かった頃の感触が戻ってきた。マリオには安心感が広がった。と同時に虚脱感に襲われた。


 そして、子供達と賑やかだった頃の懐かしい想い出に浸っていた。


2009年4月14日火曜日

老境



嫁入りー

 四月に入ったら何やら騒々しい。一人娘の嫁入りでママさんは忙しそうにしている。


 マリオには嫁入りの意味が判らない。娘は時々「マリちゃん、元気でね」と言って涙ぐんでいた。一番頼りにしている娘が居なくなるという現実も理解できない。



 結婚式の前夜。
 娘は、「マリちゃん、お別れだよ」と言って涙をこぼした。


 そして翌日、マリオと次男を残して全員居なくなった。
 次男も翌朝早く、姉の結婚式に出席するため東京に出かけた。


 夜遅くなって家族全員とお客さん二人(パパさんの妹と友人)が帰ってきた。しかし、全員ではなく、大事な人間が一人欠けていた。娘である。


 翌日、お客さんも帰って普通のペースの生活に戻った。しかし、何かがおかしい。いつもなら、長くても二~三日で戻る娘が帰って来ない。


 夕食後、居間のソファの背にライオン座りで玄関を見張る日が続いた。一週間過ぎても娘は帰ってこない。


 以前に似たようなことがあった。家族全員が十日ほど居なくなった時(パパさんの退職記念でヨーロッパ旅行)があった。


その時は、時々家に来ていたママさんの友達であるおばさんから朝と夕方に餌をもらった。


 だだっ広い社宅にひとり(一匹)で留守番は大変だった。ソファで待つのはまどろっこしくて、玄関のマットで外の物音に耳を澄ましながら家族の帰りを待った。


そのまま玄関で寝ることもあった。


 十日目の夕刻、聞き慣れた足音と声が、玄関の外から聞こえた時の嬉しさは表現のしようがなかった。


 玄関の戸がガチャガチャという鍵の音で開いて、娘が顔を出した。


 「マリちゃーん!、マリちゃん、ごめんね、寂しかったでしょう」


 その声を聞いた瞬間、嬉しさをうまく表現できずに、家中を走り回った。思い切り走って喜びが一通り治まったところで、家族全員から声が掛かった。


 ママさん「マリちゃん、いい子だったねー」


 パパさん「マリオ、おいで」


 次男「マリ、どれ、遊んでやるよ」


 十日振りで家族に会えて嬉しくて興奮が冷めない。体中の毛が逆立って、長い尻尾は太く直立していた。
 
今回は、その時とだいぶ様子が違う。


 娘の部屋は空き室同然で、(娘の)物がほとんど失くなった。


 日々に(娘の)匂いが消えていくのである。


 家族も(娘が)居ないのは当然という態度であるが、マリオには飼い主が居なくなったも同然だった。


帰りを待つマリオ 娘が居なくなったわけが理解できないマリオは孤独感がひしひしと強くなるのを感じていた。

             おそいなー!どうしたんだろう?

2009年4月12日日曜日



ーエーゲ海の猫ー

 パパさんは、翌年の春に娘が結婚し次男が大学院に進学することを機会に、長年の夢を実現しょうと決心した。

 現在の会社も約束した丸三年になる。JRへの最低の義理は果たしたと考えていた。

 建築と都市計画と環境デザインのオフィスを立ち上げようと考えていた。

 今までのサラリーマン生活に区切りをつけるため、現代の都市と建築の源流であるギリシァに旅行を計画した。

 過去の海外旅行の経験から、ヨーロッパは五月か六月が気候的にもベストシーズンである。パパさんは、五月は旅費が高いので六月に行くことにした。

 ママさんも一緒に行くことになり、ママさんとしては三度目の海外旅行で、カナダ、フランス、イギリス、イタリアについで五ヶ国目である。

 「言葉が通じると外国旅行も良いんだけど、ギリシァじゃネー」と言っているが、浮き浮きした感じは隠せない。

 「マリちゃん、留守番お願いね」と言って出かけた。

 娘も次男も居るから、どうぞ、行ってらっしゃい、の心境だ。

 ギリシァに行く途中パリ経由だった。ママさんは二度目のパリである。

 パパさんは三度目である。アテネにフライトするまで時間があったので、娘に頼まれたブランドのバッグを買いにドゴール空港からタクシーで街に出た。同乗したおばさん達と待ち合わせ場所と時間を約束してショッピングに行った。

 途中にオペラ座がありその前でママさんのワンショットの写真を撮っていたら、親切そうなフランスのおじさんが来て「トギャザ、トギャザ」と変な英語を使ってパパさんとママさんのツーショットを撮ってくれた。ママさんはさすが観光の街パリと感激していた。 その後がいけなかった。「ワンモ、ワンモと言って自分のインスタントカメラで二枚写された。代金が二〇フランだと請求された。

 パパさんは空港で両替した二万円分のフランスフランの中から払った。そのおじさんは「ジャポネ、リッチ、リッチ」と言って通りの向こうに行った。

 パパさんはブランドショップに急ぎ足で向かいながらレートを暗算して「あいつ!」と叫んだ。インスタント写真は日本円にして五千円以上の計算だったからである。

 ママさんはツーショットの写真が気に入っていたので「良いじゃないの、写真を撮って貰ったんだから」とけろっとしていた。

 ブランドショップはシャンゼリゼ通りから横に入った店で前にも行ったことがあって、ジャパニーズイングリッシュでも充分話が通じ、娘と長男の嫁さんの土産にバッグを買った。その後が大変だったらしい。


オペラ座前の写真騒動のため、約束の時間が迫っていて約束の場所まで夫婦で走ったそうだ。

 「シャンゼリゼを日本人の夫婦が走って、フランス人はびっくりしたでしょうね」とママさんが笑っていた。

 無事アテネに着いた翌々日、エーゲ海のスーニオン岬に向かう途中ランチタイムになり、海辺のカェテリアに寄った。

 カェテリアの周辺には観光客目当ての野良猫がいっぱい居た。

 ママさんは「ウワー、ギリシァの猫ちゃんだ」と感激しながら、マリオを思い出していた。

 帰ってから「頭が良いのよ、お父さんが肉をあげて、ジ・エンドと言ったら(ギリシァの猫は)おねだりしないんだから」と報告していた。

 マリオは(当てつけかなー)と思いながらママさんの横で神妙に聞いていた。


                   エーゲ海の猫たち