2008年9月6日土曜日

青年時代

                                                      熟睡中

―寒い夜―

盛岡は本州で一番冷え込む。真冬日と称する終日零度以下の日が一冬に10数回ある。日中でもマイナスだから、夜はドンドン気温が下がる。マイナス10度を超えて、最低気温がマイナス20度近い夜も何日か出現する。

マリオは幼い頃、一人寝の環境で育ったため家族に抱かれるのは苦手だ。コタツで膝に抱かれることもあるが、抱いている人間が動くのを見計らって本来の自由なスペースに移動する。

しかし、幾ら強がっても厳寒の夜は別だ。家族が寝た後の居間はしばらく暖房の余熱で暖かいが、夜が更けるに伴い室温が下がる。長毛とは言え、室内暮らしで耐寒訓練は皆無である。我慢の限界がきて、やおら二階の寝室に向かう。

娘の部屋に入り、ベットに上がり枕付近の隙間から布団にもぐりこむ。娘は寝ぼけながらマリオが寝やすいように布団の中にスペースを作ってくれる。娘の体温で温まった空間はまことに暖かい。娘の寝返りに合わせながら小一時間寝るが、そのうち暑くなる。

自分の体温に娘の体温が加わる密閉空間では、暑さと共に息苦しくなる。もぞもぞ這い出して枕の横に顔を出す。娘は枕元に隙間ができて冷えた空気が首あたりにしのび込むため、布団を引っ張る。

マリオは落ち着いて寝られない。抜け出して布団の上で寝るが娘の寝返りと寒さで安眠できない。

次なる手はママさんの部屋だ。パパさんが単身赴任のため広い部屋の真ん中に布団が一つ寂しく敷いてある。枕元から忍び込むと、ママさんは寝ぼけた声で「アレッ、マリちゃん」といってスペースを空けてくれる。

娘に比べると手ごろな暖かさだ。それでも布団に潜り込んでいると、息苦しくなる。ママさんの枕元に顔を出す。まことに快適な就寝環境になるが、うつ伏せで寝ていると息苦しい感じがしてならない。

単身赴任中のパパさんに叱られそうだが、ママさんの大き目の枕の端を拝借して仰向けに寝る。

厳寒の夜は寝不足になるので大嫌いだが、ママさんは湯たんぽ代わりになるので喜んでいる。


〈うわさの大工〉 


2008年8月31日日曜日

青年時代


ー靭帯切断ー

 マリオの無愛想な相手だった長男は、仙台の大学に行ってパパさんのいる社宅から通学している。大学では高校時代と同じラグビー部に入った。実力のないクラブで、長男は入部と同時に準レギュラーだった。

 娘は高校3年で大学受験を控えていた。

 パパさんは長男で懲りているためか「浪人は駄目だぞ、どこでも良いからストレートだ」と言っていた。

 娘は危機感ゼロで、推薦で入れるところを考えていたから気楽である。

 ゴールデンウィークにパパさんと入れ違いで、兄貴のおさんどんを兼ねて仙台に遊びに行った。

 連休の中日の夜に仙台に行っていた娘が泣きながら電話を掛けてきた。

 「お兄ちゃんがケガをして入院したの」

 パパさんが電話に出て様子を聞くと、ラグビーの試合で右足を靭帯切断したらしい。パパさんはその日のうちに急遽仙台に戻って病院に行った。

 お医者さん曰く「巨人の吉村より、ひどいですよ」

 手首は浪人時代にマリオが相当鍛えてやったが、足までは気が回らなかった。

 もっとも足を鍛えるには、マリオの猫キックぐらいでは人間のやるラグビーのタックルに対抗できるわけがない。

 2ケ月入院して無事退院した。膝の骨の回りに金の輪が入っているらしい。

 心配した後遺障害もなく、けがをする前より真面目になって、元気に学校に行っているようだ。

 〈うわさの大工〉