2009年5月1日金曜日

追悼



 マリオが居なくなってからは夫婦二人の生活になった。

 常々、「二人と一匹で盛岡暮らしだな」と言ったが、その前提が崩れてしまった。

 夫婦二人(亀は健在)の生活はまことに単調である。

 とりあえず、自宅の書斎を事務所に始めたSOHO型のビジネスで、すぐに仕事があるわけでない。

 今までのサラリーマン生活と異なり、二四時間夫婦一緒に居ると些細なことで時々衝突する。

 どちらにも緩衝機能がないから、会話も途絶える。

 そんな時、「マリオが居てくれたらな」と思う。妻も同じである。

 さらに家をリフォームする時に外装から、内装の床、壁、天井を全てリニュアルしたがドアだけはマリオ専用のくぐり戸があるため再利用した。

使い主の居ない小さな戸が、余計不在感を煽っている。

 地方の設計会社の技術顧問がまともな仕事で、本来のデザイン事務所は稼働していない。
 なんとなく気合いが入らない。

 事務所を法人化して、技術士と一級建築士の事務所登録をしなければならないのだが、緊迫感が湧いてこない。

 盛岡へ戻って、生涯現役スタイルで頑張ろうと思った意欲が薄くなっている。

 これをペットロス症候群と言うのかもしれないが、空虚感が先にあってその実感はない。

 マリオの一回忌までには形ばかりでもステイタスを整えたいと考える。


それが天国のマリオの供養になるだろうと、日々の無気力を慰めている。



              ボクもそういう時ってあったな!








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