2009年3月27日金曜日

壮年期

ー退職ー


 国鉄20年、JR10年勤めたパパさんが55才の誕生日を迎えた月末に退職することになった。


 国鉄改革という激動を挟んでの鉄道勤務30年である。


 主に建設畑を歩んで、大きなプロジェクトにタッチしてきた。


 新幹線は東北に始まり、3本のフル新幹線と3本のミニ新幹線の建設に携わった。パパさんが手掛けた駅や駅ビル、ホテルも東北の各地にある。


 終盤、JR本社にいたため東京地区を始め全社のプロジェクトにも従事した。


 正に、地図に残る仕事をしてきた。


 技術者としては恵まれた会社人生だった。順調そのものと言える。

 国鉄・JRを通じて良い上司に恵まれ、高いハードルを乗り越えようと一体になって頑張ってくれたスタッフに支えられながら難関を乗り越えてきた。


 順調でなかったことが一つあるが、それもこれからの人生では滅多に経験できない貴重な体験と言える。国鉄改革だ。


 最近は大企業の倒産やリストラから構造改革と称する政府の特殊法人の民営化論議がかしましいが、昭和60年代前半、第二臨調による行政改革という御旗の元で実行された巨大国有企業の民営化は想像に絶するものがあった。特に国鉄は整理対象の人員、資産、債務処理等々大変な規模であった。


 組織の変更、余剰職員の転職、仲間との離別、創業時の経営的な不安と危機感、これらに遭遇し乗り越えて今の新生鉄道がある。


 10年経過した民営会社として安定してくると、8万人の巨大組織(JR東日本)なだけに意識的な面で官僚的な回帰現象が見られるが、昔の国鉄に戻りようがないとパパさんは考えている。


 長い技術者生活で腹の立つこともあったが今となれば小さなことで満足感が先行する鉄道人生だった。


 マリオも家族と一緒に「パパさん、ご苦労さん」と思っていた。


                 パパさん、本当にご苦労さん!

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