2008年8月9日土曜日

青年時代


ー語録ー

 国鉄からJRになって、最大の課題は社員の意識改革だった。そのために各職場ではいろんな工夫をした。「官舎」は「社宅」になった。「…殿」は「…様」に変えた「業者」という表現は「会社」と変更した。一番大事な「お客さん」は「お客様」に統一した。「国鉄規格」は、一般的な規格にどんどん変えていった。

 電話の応対もつっけんどんスタイルから、部署名・氏名を名乗る習慣に切り換えた。接客も国鉄時代の「乗せてやる」式を「お客様第一」主義にした。

 パパさんの職場は建設技術部門だったため、ほとんど接客の機会はなかったが、それでも外部との接触には気を使った。

 パパさんは職場全員のコミュニケーションのために朝礼をすることにした。

 全員で「社是」を復唱してから、長であるパパさんがスピーチをして、当日のスケジュール等を連絡する。その後に社員が毎日交替で一人ずつ1分間スピーチを義務づけた。

 当初は非常に不評だったらしい。ボスでない社員が全員の前でスピーチをすることは、国鉄時代にはほとんど機会がなかった。

 それでも慣れてくると、それぞれ漫談調あり、説教調あり、反省調ありのバラェティに富んだ内容になり、結構楽しいものになった。

 パパさんのスピーチは、意識改革調で口癖は「課内より課外、社内より社外」と「電話は3回以上鳴らすな」の二つである。「課内より…」は組織内志向ではなく、社会全般がどのように考えてどのように動いているかという外部志向の意識を持って欲しいという意味が込められている。

過去に「国鉄一家」と言われ、40万人の巨大組織が崩壊した苦い体験が、パパさんに言わしめている。

 「電話は3回以上…」は当然だが、連接電話のためベルが鳴っても(誰かが取るだろう)というもたれ合い姿勢を戒めるものだ。社内外ともに電話になかなか出ない相手は好感の持てるものではない、というパパさんの意識が部下社員を督励している。

 人間の気持ちはスタイルが変わったからといって、簡単に切り換えられるものではないが、諦めず繰り返し語ることによって少しずつでも社会から好感を得られる企業体質にしていきたいとパパさんは考えているらしい。

 マリオは、子供達と生活しながら(子供達が)真っ直ぐスクスク育つことを無意識に望んでいる。

 

ー赤ちゃんー

 マリオは赤ちゃんが嫌いだ。総じて幼い子供には恐怖を感じる。

 これは、家出をした時に見知らぬ家に幽閉されて、小さな子供に虐待された(子供は子供なりの愛情表現だったかも知れないが)体験が尾を引いていた。

子供にいじめられるだけなら反抗すれば気が済むけれども、その行為をこっぴどく叱られ殴られるという理不尽なことが恐怖だった。

 ママさんに抱かれて外に出ると近所の小母さんが赤ちゃんを抱いて「アーラ、可愛い猫ちゃん」と言って接近してくる時は、全身の毛が逆立ってくる。

 威嚇するどころではなく、ただちに逃げ出したくなって、ママさんの肩に爪をミリミリと立てて背後に回ろうとする。

 何もされなくても、ともかく小さな子供を見ると恐ろしくなる。

 家族以外の人間には多少警戒心を抱くが、小さな子供はそれ以前の問題なのだ。

 「マリちゃんは、赤ちゃんが嫌いだよねー」と言って、家族はマリオが小さな子供には絶対いたずらをしないと安心している。

 いたずらどころかマリオにとってはこの世で一番恐ろしく、かつ近寄ってはいけない存在が、赤ちゃんなのである。

 そんな気持ちも知らないで、パパさんは2週間にわたるマリオの家出の成果として(その内、マリオに似た子猫が出てくるかもしれないな)と期待していた。


 〈うわさの大工〉

2008年8月2日土曜日

青年時代

ー子供達が気になるー

 避妊手術はお尻に注射をされて、スーっと意識がなくなって気がついたら終わっていた。 家に帰ってから患部が気になり、しょっちゅうなめていた。

 傷が治り、普段の生活に戻ったが、どうも以前と違う。家出した後も外の仲間達が気になって仕方がなかったが、手術をしてからは「アー騒いでいるな」という程度の気掛りである。

 頭の中のモヤモヤが無くなった。平穏な日々が続く。餌を食べて寝るの繰り返しである。夜もぐっすり。深夜のオペラは歌う気にもならない。恋を謳う歌手廃業である。

 食っちゃ寝の結果、体重は六キロになった。白い長毛と首回りの毛がふさふさとして堂々たるペルシァ猫になった。

 それにしてもこのままでは退屈だ。いつも一緒のママさんは家事で相手をしてくれない。パパさんは週末しか居ない。高校生の娘と中学生の次男は夕方でないと帰って来ない。

いつも家に居るのは大学浪人の長男だけだ。マリオが幼い頃は予備校に通っていたが、二年目から家で勉強している。勉強しているといっても、マリオがくぐり戸から入ると寝ているか、ステレオをボンボンかけている。

ママさんが外出したりすると、家に居るのは長男だけになる

仕方がないからママさんが帰るまでは長男の部屋にいることにした。

無愛想であるが、気が向くと相手をしてくれる。さらに気が乗ると本気になる。

最初は手でジャラシているが、はずみで爪を立てるので、手をシャツの中に入れてしつこくジャラシてくる。

 必死に対抗しているうちに、噛みつきや後ろ足の猫キックでお返しをしてやる。マリオもいい運動になるが、長男の着ているシャツの袖口はボロボロになる。

 長男はママさんにいつも「やめなさい」と叱られているが、部屋に行くと同じだ。

 たまに勉強しているところに行くと見向きもしないが、かたわらに座っていると数分後には、手をシャツの袖口に引っ込めてじゃらしが始まる。

 マリオは受験勉強のストレス解消なのかもしれないと思い、噛みつきや爪立て、猫キックでたっぷり応酬してやる。

 

〈うわさの大工〉

2008年7月26日土曜日

青年時代

―猫の民営化―

パパさんの会社は親方日の丸(国営)から株式会社に変わった。単身赴任のパパさんは忙しそうだが、結構張り切っている。

人間社会の仕組みはよくわからないが、猫の社会は二つに分類される。ペットとしての飼い猫と飼い主の居ない野良猫だ。ひと昔前は飼い猫でありながら天下往来自由の猫も居た。

日本が貧しく、社会の施設が整備されていない時代は病害虫も多かった。一般家庭の天敵にねずみが居た。そしてねずみの天敵が猫だった。猫は人間の住む家にある食物を狙うねずみを退治する大事な役割を持っていた。さらに、捕まえたねずみは猫の食料になった。猫を飼っている人間にとって一石二鳥の存在だった。

豊かな国になった日本で現在、猫はペットとして犬に対抗するペットの代表選手になった。犬は狂犬病という人間に危害を与える病気があるため、完全に管理された形の存在になり、野良犬という存在は無くなった。

猫は体が小さいということと人間に危害を加える場面が少ないこともあり、野良猫という存在がある。天下往来を自由に行き来してうらやましい存在だ、反面、生きるための餌は自分で調達しなければならない。

これに飼い主に捨てられた捨て猫という種族が加わる。野良猫より捨て猫の方が生きる環境は厳しい。街では食べ物を手に入れるのは難しい。日本が貧しい頃、魚を食わえて逃げる猫の風景は見られなくなった。ごみ収集方法の徹底で生ごみを漁ることもできない。

野良猫同士の同士の闘争も激しい。猫には特有の猫エイズがある。野良猫のエイズ保菌率は七〇%を越えるといわれている。猫エイズは生殖行動の接触より闘争の際に感染する。ただし、人間には感染しないので無罪放免になっている。これが、人間に害を与えるとなると野良猫の現在の平和な環境は一変するに違いない。

飼い猫の寿命は十五年ぐらいだが、外猫の平均寿命は猫エイズのせいもあり五、六年だ。過酷な生存環境は望むところではないが、マリオも自由を求めて家出をした。しかし、半月間のひもじさは大変なものだった。

家に戻ってホッとした思いは今でも忘れないが、性懲りも無く自由に対する未練はまだ残っている。

マリオは親方日の丸と民営会社の違いはよく判らないが、野良猫的な生きる工夫がパパさんたちに求められているのは間違いない。

 〈うわさの大工〉

2008年7月19日土曜日

青年時代


ープライドー

 家出から帰った翌日、早速ママさんと娘に獣医院へ連れて行かれた。前日シャンプーして貰ったとはいえ、体中傷だらけである。特に、首と尻尾の傷は相当深かった。

 獣医はマリオを見るなり「オヤ、放し飼いにしているんですか」と聞いた。

 ママさん「イエ、室内なんですが、二週間ほど逃げて昨日帰ったんです」

 獣医「アー、人間と同じ年頃ですからね」

 「それにしてもこの傷はひどいね」

 そんな会話を聞きながら、マリオは慎重にしていた。

 一通り治療が済んで、獣医がママさんに話しかけた。

 「この猫ちゃんは血統書つきですか」

 「はい」

 「子猫を増やすんですか」

 「イイエ」

 「増やさないんっだったら、去勢した方が良いですよ」

 ママさんはにわかに理解できず「はぁー?」と言った。

 獣医「避妊手術ですよ、避妊!」

 ママさん「……」

 獣医「そうした方が、盛りになっても外へ出ようとしませんから」

 ようやく意味が判ったママさんは「今日ですか?」と聞いた。

 獣医は傷が治ってからが良いと答えたため、その日は無事に帰ることができた。

 週末にパパさんが帰宅して、家族会議が始まった。ママさんと娘は避妊派である。長男と次男はノンポリを決め込んでいる。

 パパさんは折角の血統書付きの種を放棄するには若干抵抗があったが、マリオの脱走中に娘の落ち込み様を見ているだけに、やむを得ずとの結論になった。

 かくして「去勢裁判?」は実行の決定が下された。

 半月が経過して、ママさんが朝から普段以上にてきぱきと家事をこなしてから、

 「さてと、マリちゃん、病院に行くよ」と言った。バスケットに入れられて獣医院に向かった。傷も回復していたマリオは病院に行く意味を理解しかねていた。


 獣医院の待合室で不安を感じたマリオは、何となく「フーっ」と威嚇した。

 これから何が起こるか判らないが、避妊手術を受ける前、マリオのプライドが本能的に行動させたのかもしれない。


〈うわさの大工〉

2008年7月11日金曜日

青年時代



ーWANTEDー

 マリオが家出をしている間、家では家族総出(パパさんは単身赴任のため週末のみ)の捜索が続いていた。家族全員、日中でも外を歩くと白い猫が居ないか、と目を光らした。

 二週目の週末、帰宅したパパさんが娘と捜索ポスターを作った。

 ポスターを昼過ぎに自宅の前や公民館、近くのスーパーの掲示板などに貼り出して、夕食後、猫の夜行性を頼りにパパさんと娘は懐中電灯を持って徹底的な捜索行動にでかけた。捜索は深夜十二時まで続いた。

 公園で一匹の猫にあった。娘が頭を撫でてやると気持ち良さそうに喉を鳴らした。

 娘はその猫にお願いした。

 「ねー、マリちゃんがいたら、帰るように言って」

 翌日の日曜日も朝から捜索開始。家出をしてから二週間以上経っていた。家族全員なかば諦めながらの探索である。

 一日中、町内を探しても見つからない。日が暮れたので家族全員、重い足を引きずって取りあえず家に戻る。

 夕食を済まして、庭をぼんやり見ていた娘が悲鳴に近い声をあげた。

 「アッ、マリオだ」

 パパさんが「何を言っているんだよ」と言いながら娘の側に行った。

 マリオは庭の木の根元にしゃがみ込んでいた。

 「アッ、マリオだ」

「皆、来い」

 「アッ、本当だ」

 家族総出の捕獲作戦が開始された。

 パパさんは裏庭、ママさんはテラス、長男、娘、次男の三人は庭に面する道路とマリオのいる庭を取り囲んで万全の体制がとられた。

 パパさんは昆虫網まで取り出した。

 ところが、マリオはいとも簡単に娘に捕まった。逃げる意思など、とんと無かったのだ。首や尾の傷の痛みに加えて、背に腹がつきそうな空腹の中で、幼い頃の我が家を思いだし必死の思いで辿り着いたばかりだった。

 「マリちゃん、よく帰ってきたねー」と言って、ママさんと娘は涙を流した。

 ママさんに体を拭かれながら、喉をコロコロ鳴らした。

 娘が「マリちゃん、お腹が空いてんだろう、お食べ」

 食べ慣れた懐かしい味のペットフードが腹中に漬みた。

 満腹になったところで、次男が「お母さん、マリオが臭いよ」と言った。

 「そうだ、シャンプーしなくちゃ」ママさんと娘に浴室に連れて行かれた。

 嫌いなはずのシャンプーも心地良かった。 ドライヤーで乾かして、首と尾の傷に軟膏を塗って貰った。

 ソファーに敷いて貰ったシャンプー専用の電気座布団の上に座ると、ポカーっと暖かくて満腹感と安心感と疲れがどっと出てきた。

 ママさんと娘が「明日、病院に連れて行かなくちゃーね」と話している。会話を聞きながら、マリオは夢の世界に吸い込まれて行った。

2008年7月5日土曜日

青年時代


ー家出ー

 国鉄時代からだが、JRも社宅でペット飼育は原則禁止である。それとは別に子供たちの学校、家庭の事情これありで、パパさんは仙台の新職場へは単身赴任だった。

 盛岡から仙台へ単身赴任して、一ケ月位過ぎたある日、マリオが家出をして帰ってこなくなった。

 一歳になったばかりのマリオは幼さを残しつつも、人間に例えると二〇歳そこそこの恋の季節を迎えていた。

 マリオは真っ白な長毛のため、外に出すと汚れるという理由で出入り口の戸という戸はピチッと閉められ室内監禁状態だった。

 しかし、このことは飼っている人間の勝手な理屈で、マリオには猫の人権(猫権?)としても生理的にもはなはだ迷惑なことだった。

 押さえがたい恋情を訴えて夜通し泣き明かして、家族全員に「ウルサイ!」と怒鳴られる。誰一人として、マリオの生理的要求を理解して外出させる気配は全然なかった。

 家族も毎夜毎夜、マリオの恋狂いの泣き声で寝不足気味である。

 しかし、マリオは誇り高きペルシァ猫族のDNAによる種の保存命令と相まって、ますますつのる本能的な問題解決のため、家族の罵倒に耐えながら真夜中のオペラ歌手さながらに恋情を訴え続けた。

 通常、猫には年二回の恋の解禁期間がある。夜な夜な、家の回りはいうに及ばず、風に乗ってくる猫族(特に雌猫)の恋の呼び声や囁きを聞きながら、悶々とした日々を過ごさなければならない焦りは気が狂わんばかりだった。

 チャンスはさりげなく訪れた。居間から庭に出るテラス戸がほんの少し開いていた。開いていたといっても、実際は閉まっているに等しい状態で五ミリ位締め残しがあった。ママさんが庭の菜園から夕食のアスパラを調達した後のことである。

 この戸はアルミ製の引き戸で、床から天井までの一枚ガラスの数十キロの重い戸で人間でも開け応えのあるものだったが、そこは本能の馬鹿力を発揮して五ミリの隙間に爪を差し込んで渾身の力で戸を開けた。脱出には五センチも開けば充分だった。

 庭の木々の匂い。土の心地好い感触。

それに増して黄昏どきの甘ったるい自由な外気の雰囲気がなんともいえなかった。

 そのころ、家はてんやわんや。

 「アレ! マリオがいない」

 「アッ! 外にでたな」

 「戸が開いてる」

 「お母さんでしょう?」

 「私、キチンと閉めたよ!」

 そんなやりとりが数分あった後、夕食そっちのけで家族全員による大捜索隊が繰りだされた。

 「マリオ!」「マリちゃん」「マーリ」「マリ、マリ」あらゆる呼び方で捜し求める家族一同の声を尻目にして、恋の予感の逃避行に胸躍らせて踏みだした。

 ところが、現実は厳しく逃亡初日、家から数十メートルの公園で深夜行われた猫集会で、その洗礼を受けた。

 集会に集まった猫は野良猫を筆頭に、普段は自宅と世間を自由に往来している猫族で、箱入り状態で育ったマリオの感覚と異なるものだった。

 それでも夢にまで見ていた自由な雰囲気に誘われて、同族の集まりに親愛の情をこめて近づいた。その瞬間、考えられない罵倒を浴びたのである。

 「なんだ、お前は」

 「どこから来た」

 「猫なら、猫らしい格好をしろ」

 「誰か、こいつを見たことがあるか」

 「何だ、お前の顔は」

 「ふん、無視しろ」

 そこにひときわ威風のある片方の目が黒い斑状の猫がやってきた。戦国武将伊達政宗のような風貌のボスである。

 「おい、おい、そんなのを相手に何を騒いでいるんだ」

 散々、雑言を浴びていたマリオのまわりがシーンとなった。

 マリオはそのボス猫の威圧感に対し、恐怖を感じて幼いながら威嚇を発した。途端、顔面に強烈な衝撃を受けた。

 「ニャン!」と悲鳴をあげて、顔をあげたら先程まで周りにいた仲間達は居なくなっていた。

 仲間に無視されたマリオは途方に暮れていた。(どうも家の中で考えていたようにいかないようだ)

 その夜は、よその家の床下に潜り込んで過ごした。朝になると空腹で堪らない。「何か食べなくては」と思うが、何もない。空腹を抱えて、人目を避けながらうろうろしているうちにまた夜になった。あちらこちらで恋の叫び声がする。

 空腹を忘れて声の方向に向かう。相手は雄だった。知らぬふりをして別な声に向かう。今度は幸運に雌猫である。マリオは声にならない声をあげて近づいた。

 通常、猫社会の恋愛成立の条件は雌に雄猫の選択権があり、嫌いな雄は相手にしない。

 特に、マリオのようなようやく成猫になったばかりの雄は対象外である。三~六才ぐらいの逞しく闘争心のある雄が好まれる。

 これは動物の世界では当然のことであり、丈夫な子を生むための本能的な選択である。人間社会の顔の善し悪しは問題外だ。

 当然のことながら、マリオは一蹴された。それでも懲りずに近づくと、物凄い形相で攻撃された。痛いというより、びっくりして逃げ出した。そんなことが二~三日続いた。

 空腹はゴミあさりをしたり、飼い犬が散歩している隙を見て、食べ残しの餌を失敬したりしてしのいだ。

 家の朝昼晩と三食付きだった生活に比べると、食うや食わずの家出生活は過酷なものだった。それでもマリオは監禁同然の生活より満足していた。

 家出して一週間過ぎた頃、マリオの自由を謳歌している気持ちとは関わりなく、そんな放浪生活がヒョンなことで解消した。

 夕方ある家の庭先をうろついていると、その家のパパさんらしい人間が声をかけて餌を置いてくれた。空腹だったマリオは警戒心を忘れてガツガツと食べ出した。その途端、首をヒョイと捕まれた。

 「おい、捕まえたよ」と言ってその家に連れこまれた。

 それから、他家での幽閉生活が始まった。

 育った家とは雰囲気も家族構成も段違いで、若いパパさん、ママさんに、三才位の女の子とようやく歩き始めた一才の男の子がいた。女の子は縫いぐるみと勘違いしたのか、荒っぽい動作でマリオを扱った。

 さらにひどいのは男の子で、マリオにとっては理不尽そのものだった。殴る、蹴る、玩具で叩く、尻尾をつかんで振り回すで、反抗するとパパさんかママさんに叩かれた。食事は有り難かったが、まことに居心地の悪いものだった。

 幽閉のおかげで体力も回復し、消える事のない本能もあって、再び脱走をうかがう日々が続いた。

 三日目にチャンスは訪れた。外にいたパパさんと室内の女の子の話しに行き違いがあった。「パパ、嫌い」と言われたパパさんはそれを解消するために戸を開けた。それがチャンスだった。戸の横に寝そべっていたマリオは瞬間的に飛び出した。

 「アッ、白」という言葉を後に、再び自由と満たされる筈のない恋の可能性に向けて一目散に走った。

 放浪は相変わらず厳しかった。雌猫には相手にされず、雄猫には威嚇され、恋の収穫ゼロの毎日である。勿論、まともな餌はない。

十日を過ぎたある夜、雌猫と雄猫が二匹いる場面に出会った。

 マリオは意を決した。雄猫を無視して、雌猫に近づいて愛をささやいた。途端、隣にいた雄猫が「シャーッ」と威嚇を発した。マリオも負けずに「シャーッ」と返した。喉の奥から唸り声を絞りだしながら睨み合いが続く。

 尻尾を後ろ足の間にはさんで、前足と後ろ足を踏ん張って睨んでいると、相手が横に動いた。その瞬間、飛び掛かった。

 お互い首筋を狙った噛み合いが始まる。組んずほぐれつの格闘は何秒か続いたが、マリオには弱点があった。太く長い尾である。

 三度目の格闘の時、尾を噛まれた。万事休すだった。激痛に悲鳴をあげた。痛みを引きずって敗退せざるをえない。

 それから、何日か知らない家の縁の下で尾の傷を舐めながら過ごした。

 マリオの恋の状況は一向に好転しなかった。空腹を抱えて、途方にくれながら家族を思い出していた。

 放浪は一度も恋が成就することのない失恋物語で幕を閉じようとしていた。


2008年6月29日日曜日

育ち盛り



ー国鉄改革ー

 マリオが家族の一員になってから約一年が経過した。

 昭和六二年四月、日本の文明開化の担い手として一一五年続いた国有鉄道は官営の巨大組織から、民営の六つの旅客会社と一つの貨物会社として、スタートした。

 パパさんは百数十人の部下の再就職をすべて決めて、幸か不幸か「去るも地獄、残るも地獄」と風聞された旅客鉄道株式会社に移籍することになった。

 パパさんとしては、鉄道に志を持って職を求めた部下達、同じ屋根の下で同じ釜の飯を食った仲間の三分の二が鉄道の現場から、公的機関・民間会社へ去って行った状況を考えると、鉄道会社への再雇用は心情的に喜べるものではなかった。

 さらに、国鉄の財政悪化の原因として喧伝された3K(国会、組合、建設)の一角(建設)にいた立場としては、旅客会社の経営再建上、設備投資の抑制は当然予想された。

 技術者として、仕事のない苦痛は経験した者でなければ判らない。

管理職だったパパさんに選択の余地はなかったとはいえ、東北地方の建設機関の部門長の立場として、民営化といっても巨額の債務を抱えた鉄道会社へ残った部下達のこれからを考えると、非常に懐疑的だった。

 パパさん四五才、正に男盛りの春。

 民営会社としての旅客鉄道経営の成り行きを心配しながらの再スタートだった。


〈うわさの大工〉

2008年6月27日金曜日

ー進学問題ー

 娘の高校受験と同時並行で、長男も大学受験の勉強中だった。高校三年の現役受験は全て失敗したため、盛岡で再挑戦を期していた。

 幼いマリオにとって、あちらもこちらもという訳には行かず専ら娘の勉強を見守った。

それでも、家に誰も居なくなると、長男の部屋も訪問した。本が広げてあって部屋中に紙屑や脱ぎ捨てたシャツ、靴下の類いが散乱していた。正に居場所もないという状態である。

そんな雑然とした雰囲気がマリオは気にいっていた。空いた場所がなくても本の上だろうが、シャツの上だろうが寝そべる。長男も心得て、何も言わないで無視した振りをする。

 たまに「マリオ、邪魔だよ」と言って、足元の本を引き抜かれることもあったが、お互い気にしない。次はシャツか別な本の上に座れば良い。

 長男は、当時、国鉄で新幹線の駅とかホテルの建設に携わっていたパパさんと同じ技術者を目指していた。

 東京の高校の頃はまじめに学校に行かなかったらしく、理系の大学を目指すにはハードルが高すぎた。“後悔先に立たず”だった。

 正月明けになって、東京、仙台と四校ぐらい受験した。結果は仙台の大学だけが合格で東京の大学は全敗。

 ママさんは(一校だけでも受かって)「アー、良かった、良かった」と喜んでいた。

 ところが、長男は東京の大学が諦め切れず、仙台にはサラサラ行く気はなかった。

 「お母さん、来年もう一度東京の大学を受けたいんだけど」

 ママさんは仰天した。

 「黙って、受かった所に行きなさい」と必死に説得する。

 「いや、やっぱり東京の○大に入りたい」ママさんはお手上げである。「それじゃ、お父さんに相談しなさい」

 週末、パパさんと長男の会話。

 パパさん「仙台に行くのか?」

 長男「あのー、来年もう一度東京の大学を受けたいんだけど」

 パパさん、無言。しばらく、間を置いてから、

「よし、もう一回やって見るか。その代り、来年だけだぞ」

 「ウン、いいよ」

 かくして、また一年間、長男の勉強しない大学浪人二年目が始まった。

 訪問相手が減って寂しくなるはずだったマリオは、素直に喜んでいいやら複雑な心境だった。

〈うわさの大工〉

2008年6月22日日曜日

育ち盛り


ー予知能力ー

 雨が降る時は猫が顔を洗うと言われている。特に天気予報の能力があるわけでもないが大体当たる。どうしてかと言われると回答に困るが、雨が降る与兆として空気が湿っぽくなってくる。

そうなるとヒゲを整えないと何となく感度が鈍るようで気持ちが悪い。顔を洗っている訳ではないが、ヒゲをきれいにしていると顔を洗っているような動作に見えて、雨予報になる。

 ヒゲは猫にとって大切な探知機能を持っている。幼い子供に無神経にいたずらされることは致命的なので、やむを得ず防御しなければならなくなる。

 いろいろな研究で、猫は予知能力に優れた動物とされている。例えば地震の予知ができる。地震の前の微かな振動を感知できる。さらに火災などの前兆を感知できる。

 人間の能力では感じることのできない、微細な空気の揺れとか匂いの変化を事前に感知できるために、猫に予知能力があるとされている。 

世に言う予言者とか占い師とかいう類いではない。ましてや超能力でもない。猫が野生だったころ、孤立して生活する自分の身を守るための能力として神様が与えてくれたものかもしれない。

 ペットとして人間に飼われるようになってからその能力は低下しているが、それでも異常事態になると深層にある潜在能力として発揮される。

 猫が人にあまりなつかない野性的な面があるのは、孤独なサバイバル意識があるためなのかもしれない。

 それでも予測出来ないものとして人間の行動がある。猫といえども、猫の目のように変わる人間は理解しにくい動物だ。

 家族には人間並みか、それ以上の待遇を受けているマリオであるが、猫族の基本的な能力は(人間との)差別化のために大事にしている。

2008年6月19日木曜日

育ち盛り



―最後の御用始めー

国鉄一家と呼ばれるぐらいパパさんの職場は団結力?があるらしい。それ故、お酒を飲む機会が多い。酒が飲めないと変人扱いをされかねないと言う。国鉄の民営化作業も終盤にきて正月を迎えた。

パパさんも久し振りに休みが続いている。マリオも久し振りに家族全員揃っているので、浮き浮きした気分になる。

ママさんは正月の準備で大わらわだ。

「マリちゃん、邪魔だからあっちに行ってなさい」と叱られるが、荷物がわんさとあるキッチンが気になって仕方がない。

ママさんはマリオの大好物な鳥のささみを煮てくれた。

大晦日、家族全員と年越しの夕食を済まして紅白歌合戦が終わると、除夜の鐘が鳴る。

「明けましておめでとう」と声を掛け合う。マリオは始めての正月で意味が判らないが、家族と一緒にめでたい気分になってくる。

ママさんは「皆、頑張ってね」と気合を掛けている。

パパさんは国鉄民営化。長男は大学受験、娘は高校受験とチャレンジ揃い踏みだ。

年越し蕎麦を食べて三々五々夫々の部屋に入り初夢を見る。

翌朝は初詣に神社へ出かけた。長男と娘は眠たくて「行きたくない」と言って、ママさんに叱られていた。

「何を言ってんのよ、あんた達のために行くんでしょう」

穏やかな正月三が日もあっという間に過ぎて、パパさんは国鉄最後の御用始めに出勤した。民営化になると「仕事始め」と言うらしい。

 ママさんは朝から大忙しだ。猫の手も借りたいのか「マリちゃんも手伝ってね」と言われた。

実家からお祖母ちゃんが手伝いに来た。ママさんの忙しい訳は今夜パパさんの職場は新年の御用始めということで大飲み会になり、その後のはしご会場に我が家がなるための準備に気合が入っている。

 事務所で飲むだけでなく、係長、課長、次長と最終の局長宅をはしご飲みして御用始めのお開きになるそうだ。パパさんの課は同僚の管理職が単身赴任のため、パパさんがはしご会場を引き受けた。

 ママさんの大奮闘。

 「あんた達も手伝ってよ」と子供たちに言う。

 「テーブルを出して頂戴」子供たちが渋々動き出す。二階の納戸や地下室からありったけのテーブルを引っ張り出す。マリオも子供たちと一緒にうろうろするが、「マリ、邪魔だ」と長男に怒鳴られる。娘は「マリちゃん、こっちにおいで」と言ってくれる。

 日が暮れるころになると、並べたテーブルの上にお祖母ちゃんとママさんの親子合作料理が所狭しと鎮座する。

 お役目御免のお祖母ちゃんと一緒に、子供たちとマリオはママさんの実家に臨時疎開する。

 パパさんは本務の課に加え、兼務している課があるため来訪する飲んベー諸君は倍になる。その数は五〇人を超える。広い積りの居間と和室で足りず、二階の和室まではみ出す。

 パパさんはママさんに感謝しながら飲んベー達の輪に入る。部屋のあちらこちらに持参した酒やおつまみが散乱している。何故かケーキも二、三個ある。

 この頃になると、大方の職員の転身先は決まっていて、国鉄最後の御用始めの最終会場は、万感の思いを込めて深夜まで盛り上がっていた。

2008年6月17日火曜日

育ち盛り



ーお琴と三味線ー

 娘は東京にいる時、お琴を習っていた。

 引っ越した社宅にパパさんと職場が同じ人がいて、すぐに家族ぐるみのお付合いになったそうだ。北海道出身で、今でも盛岡・札幌間でお付合いをしている。

 そこのママさんはお琴の先生で、娘より一つ年下の女の子がいた。女の子はお琴教室に通っていた。その女の子と友達になった娘は、ある日、女の子についてお琴教室に行った。

 お琴のおさらいを見ているうちに、娘は自分も習いたくなった。

 帰ってきて、ママさんに言った。ママさんは即座にOKした。娘は盛岡時代にピアノを習っていたが、東京に引っ越したため中座していた。

 娘はピアノよりお琴が向いていたのか、トントンとクラスをあげてお免状を貰った。

 東京に居た五年間に色々なところで発表会をしたらしい。

 盛岡に引っ越しするということになり、東京のお師匠さんは残念がった。盛岡に行っても続ける事を勧め、お師匠さんの後輩であるの芸大出身の先生を紹介してくれた。

 娘は、マリオがこの家に来るちょっと前から紹介された盛岡のお琴教室に通っていた。教室は週に一回であるが、高校の受験勉強と掛け持ちで結構忙しそうである。

 特に、発表会が近くなるとあわだだしい。一か月前から家でも練習する。普段もママさんは「家でも練習しなさい」と言っているが、ほとんどしない。

 何か切羽詰まらないと、その気にならないという人間の悪い癖だ。それでもお琴の練習をママさんと一緒に聞いていると、ホワンとしてマリオも落ち着いた気分になる。

 東京時代同様、発表会当日はパパさんも駆り出される。道具を運んだり、カメラマンになったり、録音をとったりで大変そうだ。

 「仕事より大変だよ」と言いながら、結構ハッスルしている。

 話は変わるが、お琴と三味線はセットになっているらしい。お琴も相当の上級になると三味線を習うことになる。

 ママさんは自分の好みもあって「三味線も習いなさい」と娘に薦めている。

 三味線の音響部は猫の皮を張ってあるため、マリオとしては止めて欲しいと思っている。同族の悲しい泣き声みたいな音色は聞きたくない。

 娘は「あんなお婆さんみたいなのは嫌」と言って習う気はないらしい。

 マリオは内心ホッとしていた。


2008年6月12日木曜日

育ち盛り

ーメロン大好きー

 マリオの食事は、ペット屋さんに教えられた乾式のペットフードだったが、娘がスーパーで「こっちが美味しそう」と言って缶詰を買ってきてから変わった。買い置きの乾式フードはたまに貰ったがすぐに品切れになった。

 定食は缶詰であったが、家族の夕食の時は娘の横に座って、おかずを分けて貰った。

 ママさんに「行儀が悪くなるからやめなさい」と叱られながらも、娘は必ず何かをマリオにあげた。

 特に、デザートやおやつタイムは楽しみだった。娘は何でも食べさしてくれた。メロン・イチゴ・カボチャ・栗・サツマ芋・トマト・トウモロコシ、アンコ、ケーキ、蟹、エビetc…。

 ママさんはたまにレバー、ささみを煮てくれた。大好物である。

 パパさんは「あまり、美食させると病気になるぞ」と注意したが、無視された。

 そのパパさんも推奨したのがメロンである。たまにママさんと買い物にいくと何はともあれメロンをバスケットに入れて、「高いのよ」と言うママさんの苦情を無視した。

 そんなこともあって好きな食べ物の中でメロンは大好物だ。

 家族が「マリオが寝ているうちに食べよう」と言って食べていても、メロンの甘酸っぱい匂いで目が覚める。

 「クンクン」と鼻をピクピクさせて居間にいくと案の定、大好きなメロンがある。

 最初は実を貰って、それから皮を貰う。ヤスリ舌でメロンの皮を舐めると至福の味がする。

2008年6月10日火曜日

育ち盛り

                   どこをさがしてんだよ!


ーかくれんぼー

 家族の一員になって、すこぶる居心地がよいと思っているが、マリオには不満が一つある。それは外出禁止である。人間にも門限とかいろいろ制約があるらしいが、猫に野外活動をさせないということは、子供に遊ぶことを禁じることと同じ以上の意味をもつ。

 隣のシャム系のミューちゃんという短毛猫は、外出自由の身分でいつも羨ましいと思っている。

 首輪をつけられないと外に出られない我が家の庭まで、ミューちゃんは自由に闊歩している。それもテラス戸越しのマリオの目前で堂々とやられる。

 ミューちゃんだけなら許せるが、見知らぬ同族諸君も時々庭に入り込む。

 その度マリオはささやかな縄張りである庭にマーキングしなければならないと居間のガラス越しに地団太を踏む。マリオに自由外出のチャンスが全然ない訳ではないが、一日十四時間の睡眠が妨げになっている。

 ママさんをはじめ家族は出入り自由なので、出入りのための戸の開閉は頻繁に行われるが、ほとんどマリオの睡眠中を狙って出入りしている。

 たまたまマリオが起きていると、首輪をつけて庭に放す。そして家族は戸を開けっ放しにして自由に出入りする。

 住んでいる町内のわずか五百メーター程度であるマリオの行動半径は完全に制約されている。

 マリオは猫が猫らしく生きられる環境を求めて、自由に外出できる機会を狙っているが実現はなかなか難しい。

 そんなマリオにも唯一猫らしい本能を満足できる空間があった。二〇帖の広さの地下室である。そこは雑然とした倉庫で、色々なガラクタが置いてある。

 次男が幼かった頃、夏の暑い時は近所の友達と三輪車遊びをしたという広い地下室がマリオのお気に入りの空間である。

 漬物の樽や段ボール、パパさんの日曜大工の道具、シーズンオフで使わない電気器具や道具、古くなった家具やとにかく混沌としているのが大好きだ。高窓から外を観察すると実に面白い。地面すれすれなので、誰もマリオが見ていることに気がつかない。

 退屈な時は地下室に遊ぶ。

 棚もあって物陰に隠れていると、マリオの所在が分からなくなる。娘は慌てて家の回りを探したりしているが、頃合を見て姿を見せてやる。

 「どこに行っていたの、あっ、地下室だな」と言いながら、「さっき見たんだけどな」とつぶやいている。

 別にいじわるする気はないが、「ここに居るよ」と知らせる必要はないと思っている。

〈うわさの大工〉

2008年6月8日日曜日

育ち盛り

                   心配だな、がんばって!

ー受験勉強ー

 日中と夜寝るまでの時間はほとんど娘の部屋で過した。娘は中学三年の新学期に転校したため、学校の友達やカリキュラムの違いもあって高校の受験勉強には悪戦を強いられていた。ママさんは、そんな状態であるためペット(犬でも猫でも)飼育は反対だった。

 そこにマリオ登場である。

 学校でトラブルがあった時や東京の友達など思い出す時は、マリオが娘の慰め役だったが、それ以上に娘は念願のペット実現で(マリオに)夢中になっていた。勉強も手につかず、マリオにつききっきりである。

 マリオがベッドに寝ていると、一緒に横になってあどけないマリオの寝顔を見続けていた。そしてそのまま一緒に寝込むことも度々あった。

 東京の中学時代はマァマァの成績で心配なかったらしいが、盛岡の受験事情は東京と異なるため、早い機会にペースを取り戻して欲しい、というのがママさんの切実な願いだった。

パパさんに週末になると、ママさんから苦情が呈される。

 「お父さん、(娘が)マリオにべったりで勉強してないのよ、何とか言って頂戴!」

 「………」無言のパパさん。

 学期末の進学相談の結果はかんばしくなかった。担任教員に志望校が難しいと言われた。 又々、ママさんの心配がつのる。

 「お父さん、どうにかしなくちゃ」

 「よし、判った」と言ったパパさんの打った手は、家庭教師の手配だった。女子大生のアルバイトがやってきた。週に二回の受験勉強の指導時間は立ち入り禁止である。

 マリオは性格的に、家族以外はあまり親しみを持てなかったので、知らないお姉さんが来ている娘の部屋は敬遠した。

 その時は居間にいくか、長男の部屋で訳の判らない賑やかな音楽を聞くか、次男のところに行ってファミコンの伴奏を聞きながら寝そべっていることにした。

 パパさんも、中学の中途半端な時期に転校させた娘が心配で、週末になると勉強を応援した。時間を決めた模擬試験みたいな勉強だった。その時はマリオも娘の部屋を覗くことがあった。そろそろと入ってベッドに上がって見ていると、「マリちゃん、難しいよ、教えて」と言われる。返答に困ってしまう。

 色々いきさつがあって第一志望は無理だったが、市内の女子高校に入学した。パパさんも、四月から転任予定の仙台の高校を打診したらしいが、娘の希望で盛岡に落ち着くことになった。

 娘は高校生になってからは元気を取り戻して、通学している。

 マリオのせいではないのだが、第一志望を逃したのが残念だったらしいパパさんは、

「マッ、大学の時頑張れば良いか」と納得していた。

 〈うわさの大工〉

2008年6月6日金曜日

育ち盛り

―職探し―

パパさんの髪は薄い。子供たちは当たり前だと思っている。マリオも気にならない。ママさんだけが気がかりなようだ。

「お父さん、最近(頭が)薄くなってきたわよ」と注意している。

毎晩帰りが遅く、出張も頻繁にある。

いよいよ、国鉄の民営化作業が胸突き八丁になってきたらしい。

パパさんが一番胸を痛めていることは部下たちの雇用問題だ。国鉄に生涯の夢を託して就職した部下たちの人生を変えるという苦渋の作業がパパさんの頭を悩ましている。

パパさんは東北一円の会社リストをもとに、職員受入れのお願い行脚に週の半分は出かける。

仕事でお付き合いのある自治体のトップにもお願いする。

数え切れない訪問先での応対は色々らしい。国鉄解体に対する同情論にはじまり、逆に厳しい国鉄批判など、全て頭を低くしてひたすら余剰人員と称される国鉄職員の雇用をお願いして歩く。

中には国鉄と聞いただけで、門前払いを受けることもしばしばあった。

それでもパパさんは部下たちに対する思いで一生懸命だった。

正に髪を振り乱してという表現が当たるが、頭を悩まして振り乱すもの(髪)が薄くなったのかも知れないとマリオは同情していた。

〈うわさの大工〉

2008年6月4日水曜日

育ち盛り

ーライオンー

 日本中の三越デパートの入り口には必ずライオンの座像がある。マリオも同じ格好が大好きだ。

 寝る時はでんぐり寝が大好きだが、起きていてリラックスしている時はソファーの上で前足を前に伸ばしたライオン座りが落ち着く。 あまり意識はしてないが、何となく威厳があるような気がしないでもない。それに家の中を観察するには楽な姿勢である。家族の動きが一望できる。

 時々、床の上で足を前に揃えて立ち座りをしていると、「マリちゃんは猫背だねぇー」と娘が感心したように言う。「猫に向かって猫背とは、よく言うよ」と思うが反論しない。

 陸上の哺乳動物の中で肉食獣の仲間は二つに分かれる。イヌ科とネコ科である。

 現在、勢力的にはイヌ科が優勢だが、個々の腕力を比較するとネコ科に軍配が上がる。ライオンを筆頭に虎とか豹、チーター、ジャガーと敏捷で逞しい面々がそろっている。

 その中で猫は体が小さいけれども、能力的には最高のハンターと言われている。

 人間の生活が貧しい頃は、猫はネズミの大敵であった。蛇も捕まえた。鳥も捕まえた。

 今は、チョッと堕落して、ペットフードで満腹にし、ネズミは玩具代わりである。風上にも置けないと思うが中には、ネズミを見て逃げる猫もいるそうだ。
白いライオン 雀や蛙で鍛えているマリオは、同族のふがいなさを嘆いていた。


2008年6月1日日曜日

育ち盛り

ーでんぐり寝ー
 

 寝相が良いとか悪いと言うのは、何を根拠にするかと言うと姿勢の問題であろう。普通、猫は歌の文句にあるように「丸くうずくまるように」寝るのが良いと思う。その方が暖かいし、身を守るにも良い。
 俗に、寝相の悪い人間というのは蒲団の中で暴れる人を言うらしい。何故そうなるかと言うと、寝る姿勢が一貫してないからだ。横になったり、あお向け、俯せと考えられる体勢を繰り返して寝るから、掛ける布団も面倒を見切れなくなる。
 その点、猫は蒲団を掛けて寝る事はまれであるから、自由な寝姿がとりやすい。丸くなったり、伸びたり、自由自在である。
 マリオの寝始めは四肢を伸ばして手に頭をのせるうずくまり姿勢だが、寝ている内に横寝スタイルになる。
 寒い時は体の下に手と足を入れ、さらに頭をその中に押しつけるように丸くなって寝る。最初のうちはそれで良いが、この姿勢は結構筋肉を使う事になる。眠りながらの防護姿勢でもあるが、眠り込んで筋肉が弛緩してくると、どうしてもだらしがなくなる。
 特に、夏の暑い日は寝苦しい。長毛のためさらに暑さが倍加する。そうなると、一番楽なスタイルは人間と同じようなあお向けが良い。腹も涼しいし、長毛も気にならなくなる。
 前足と後ろ足の落ち着きが悪いが、そんなことは気にしない。背骨を真っ直ぐにしてあお向けになるとなんとか治まる。
 この寝姿を次男は「でんぐり寝」と名付けた。
 一般的に、動物が腹を見せて寝るということは、無防備極まりない。動物の一番の弱点が腹部なのだ。
 犬の場合、人間に腹を見せる姿勢を取る事は「あなたに服従します」という意思の表れである。
油断だらけ 「でんぐり寝」はそれ程意味のあるスタイルなのだが、マリオはあまり深く考えていない。


2008年5月24日土曜日

育ち盛り

ー優勝旗ー

 次男は野球が大好きだ。

 長男も中学時代に野球部に入り、勉強そっちのけで白球を追いかけていたが、中学二年の時、パパ

さんの東京転勤で転校し、レギュラー選出に漏れたため、高校・大学はラグビーに転向してしまった。

 次男は東京へ引っ越して、兄の使った道具をいじっている内に野球に興味を持ち、日曜日にパパさん

と社宅の空き地でキャッチボールをしていたそうだ。

 小学校入学と同時に都区内のリトルリーグの少年野球を始めた。

 素質があったので四年生には内野を守ったり、たまにピッチャーもしていたらしい。

 後楽園でリトルリーグの大会に出たこともあるらしい。

チームの監督に「N君は甲子園に行ける素質がある」と褒められたそうだが、盛岡に転校してからは

地区の少年野球に参加した。

上背もあり、六年生になるとピッチャーで四番だった。そして市内の地区対抗戦では、あれよあれよと

勝ち進んで決勝戦まで行った。

 決勝戦はお祖父ちゃん、お祖母ちゃん、パパさん、ママさんのファミリー総出の応援だった。

 パパさんが興奮して言うことには、バッタバッタと三振をとり、おまけにホームランまで打ってしまったと

いう。

 結果として、次男は予想もしなかった優勝旗を持って帰って来た。

 「どうだマリオ、凄いだろう」と鼻高々の次男。

 普段は、ファミコンにベッタリで、いつもママさんのお小言を貰っている次男のイメージチェンジだ。

 優勝旗は一日ずつ選手の家に貸すそうで、次男は第一号で借りてきた。

 白い布がいっぱいぶら下がって、見ているとじゃれてみたくなる。

 次男はマリオの気持ちに気がついたのか旗を横にして、目の前でゆさゆさと揺すってくれた。マリオは思い切り飛びついた。

汗臭かったがマリオは嬉しかった。


ートイレー

 ママさんが清潔好きで、よくトイレの掃除をしてくれる。南面のテラスに乾かしてから新しい砂を入れ

て、それは快適な排泄環境になる。日だまりの匂いがしてとても気持ちが良い。

 たまにだが、ママさんはトイレを乾かしていることを忘れて買い物に出かける。

 最初の頃はママさんが帰るまで我慢したが、ある日、日が暮れてもママさんが帰ってこなかった。我慢

の限界を過ぎて何とか始末する必要にかられたが、愛用のトイレが庭にあるためどうすればよいか判

らずにウロウロしていたら、人間のトイレの戸がちょっと開いていた。

 専用のくぐり戸がないため入ったことのない部屋だったが、手でくぃっと開けてみると、専用トイレの数

倍のスペースで何となく落ち着くというか、所用を足すには適当な感じがした。白い腰掛け(便器)のよう

なものに乗って見たが、座りが悪い。

腰掛けの裏側へ回って、床の片隅で具合よく排便した。専用のトイレなら臭い消しと便を隠す砂があ

るのだが、床が板のため砂代わりに床を二三度掻いて済ませた。まことに簡便である。

 ママさんが帰って来て、「ニャーオ」と出迎えた。

 「あ、マリ、遅くなって御免ね」といってキッチンに向かった。

 子供たちが学校から帰って来て、最初にトイレに入った娘が言った。

 「お母さん、何かトイレが臭いよ」

 「何言ってんの、今朝お掃除したのよ」

 「だって、臭いもの」

 ママさんは「おかしいわね」と言いながら、トイレを見にいった。

 「何の臭いのかしら」と独り言をしながら、便器の後ろの片隅にある二~三センチの異形物を発見した。

 「あれ、マリオがウンチしている」と言いながら、テラスに乾かしているマリオのトイレを思い出した。

 ママさんは怒るどころか、マリオをほめたり、謝ったりした。

 揚げ句に、「マリちゃんは偉いネー」と頭をなでてくれた。

 マリオはこの家に来た頃のママさんの厳しさを考えると、まずいことをしたと思っていたが思いがけず

ほめられて、ひょっとして良い事をしたのかなと錯覚せざるを得なかった。

その後も気が向くと専用トイレを使わずに、人間のトイレをちょくちょく利用した。

 その都度、ママさんは「マリちゃんのトイレは地下室にあるのにねー」と独り言をしな

がら跡始末をしてくれた。そしてマリオを叱る事はなかった。


2008年5月10日土曜日

育ち盛り3

ー閉所好意症ー
 
幼い頃、段ボールベッドで育ったせいか、狭い所が大好きだ。
 娘が面白がって狭い入れ物を見つけて来て目の前に置く。
 とにかく、箱状の空間があると中に入りたくなってしょうがない。
 半年位まではティッシュペーパーの箱がお気に入りだった。娘はそれを承知で、ティッシュペーパーが無くなると空箱の上をとってくれる。退屈な時はそれに入る。
 そんな箱が家中にあって、縁がボロボロになるとまた新しい空箱を作ってくれた。
 人間には閉所恐怖症があり、狭いところに居ると怖くなる人がいるが、猫は得てして狭いところが大好きである。
 自分にピッタリあったサイズの入れ物に入ると安心感がある。
 入れ物が大きいとどこに落ち着けば良いか判断に困ってしまう。
 この癖は長じても治らない。家族の鞄が開いていると何とかして中に入ろうとした。鞄に白い毛がついて、持ち主のひんしゅくを買う。
空箱は段ボールだろうが、お菓子の箱だろうが一度中に入って大きさを確かめないと気が済まない。
 テレビ台の中も部屋中見渡せる上に安全なスペースでお気に入りだ。

パパさんが海外出張にいく時も、広げて置いたスーツケースに入って見たが何となく居心地が悪くて二、三分で出た。
 その代り、後でお小言を貰った。
 「参ったよ、マリオ(毛)がニューヨークまでくっついてきてるんだから」


ーブラッシングー

嫌いなものはたくさんあるが、一週間に一回のブラッシングと月一回のシャンプーほど嫌いなものはない。  ブラッシングはママさんの役目である。
ブラッシングに抗議 普段は「マリ、駄目よ」と厳しいママさんが、「マリちゃん、今日はきれいにしょうね」と猫撫で声で優しく言う時は要注意なのだ。
 ママさんはブラッシング用のエプロンを着る。部屋の中だと白い毛がタンポポのように飛び回るため、庭のテラスがブラッシングの場所になる。
最初は手で毛並みをなでてくれる。次は粗めの櫛で毛の間をすく。さらに目のこまい板状のブラシでシュッシュッとすいてくれる。最后にまた粗めの櫛で毛並みを整えて終わりになる。ふわふわした抜け毛が丸めるとピンポン玉ぐらいになる。庭のあちこちにも抜けた白い毛の吹き溜まりができる。
 マリオはいつからか、ブラッシングが終わると居間のジュウタンで爪研ぎをして、その後ジュウタンの隅をまくり上げて猫キックをする癖がついた。
 ブラッシングされた腹いせと体が軽くなって気持ちがスーッとする両方の感情を、精一杯の形で表現している積もりなのだ。
 ブラッシングの櫛とブラシはステンレス製である。ママさんは皮膚をこすろうが、チクチク刺さろうが毛並みを綺麗にする事に集中するため、マリオの気持ちは無視される。
 痛くて「ニャーオ」と訴えようが、気分が悪くて「フーウッ」と威嚇しようが気にしない。
「マリちゃん、お利口さんにしなさい」の一点張りで、ママさんペースでやられる。ママさんは時々パパさんや次男の散髪をしている時も、度々苦情を呈されている。
 人間は対話ができるから良いが、猫は態度で訴えるしかない。態度で通じない時は実力行使しか方法がない。あいている手で爪を立てるとこっぴどくしかられる。
 一回だけだがママさんの腕に噛みついたことがある。この時は腹を板状のブラシでゴシゴシやられて痛いのを通り越して苦しくなったので、非常手段に訴えた。
 さすがのママさんもびっくりして、それから丁寧にしてくれるようになった。
 爪たては相変わらず抵抗手段として実行したが、ママさんは後ろ足を股の間に挟み前足を片手に握る対抗措置を考えだした。
 ブラッシングした後の快適さは何とも言えないが、されている最中の拘束状態はなんとも我慢できない。何とか良い方法が無いものかと思案するが、長毛の猫の宿命と諦めるしか方法がないようだ。


―雇用対策―

 家族の一員になって半年過ぎた。最初厳しいと思ったママさんもマリオには優しい母親同然になった。
 飼い主的存在の娘はマリオの言いなりだ。無愛想な長男と次男は無視したりされたりの関係だが、退屈な時はそれなりに存在感がある。
 パパさんは毎日帰宅が遅くて触れ合う時間がない。休日もたまにしか居ない。時々、寝るタイミングを失して居間のソファーに寝そべっていると、夜遅く酔っ払ってかつ、お疲れ状態で帰宅するパパさんと遭遇する。
 「オッ、マリオ、起きていたか」と声を掛けられる。その後がいけない。
 「待っていてくれたのかー」「いい子だなー」と抱き上げられる。
 パパさんの帰りを待っていた訳でなく、家族と一緒に寝そびれただけだが、家族全員が寝静まった家に帰ってきたパパさんとしては起きていたマリオの存在は感動ものだった。
 酒臭い息をかけられながら我慢するしかない。
 パパさんの勤めている国鉄がお役所から民間会社に変わるため、管理職のパパさんは多忙を極めている。
 民間会社に変わるだけなら形を変えれば済むが、国鉄は組織・規模が巨大でものすごい借金を抱えている。民間会社として自立するためには色々な問題を解決しないと、会社が成り立たない。
 本来の仕事のほかに、民営化移行の色々な作業が加わるが、改革まで十分な時間はない。
 債務(借金)の整理、そのための売却予定の不要用地の線引きにはじまり、組織をスリム化するため国鉄職員の振分け作業がある。民営化直前の国鉄職員は三〇万人弱居た。これを民営化移行時に二〇万人にする計画が進行している。差し引き約一〇万人を民営化される鉄道会社以外に転職させる計画だった。
 さらに、パパさんの所属する建設部門は民営化会社の投資抑制方針があり、要員縮減は厳しかった。勤務先である東北地方の鉄道建設を担う盛岡工事局は六百数十人の職員がいたが、これを半減する計画が立てられた。
 パパさんの管理する部門は一二〇人強の職員を旅客鉄道会社に四〇人配置し、残りを他部門に雇用転換させなければならならなかった。勿論、パパさん自身の行く末は皆目見当もつかない。
雇用対策の会議は夕方から行われるらしく、帰宅が遅い原因のひとつだ。
 マリオとしても改革疲れのパパさんを元気付けてやりたいが、人間界の複雑な行動は理解の範囲外だ。寝そびれたことを反省しながら、パパさんとしばしのお相手をすることがマリオの精一杯の気持ちなのだ。

2008年4月13日日曜日

育ち盛り2

ーダイビングー
 
 自由に外出はできないが、家の中はどこへでも行けた。特に屋外は屋上から二階と中二階のベランダは自由に行ききできた。夏になると、一階の部屋以外は開放的になる。
 外部の空気を吸うには二階のベランダが良い。道ゆく変化も自由に観察できる。
 屋上も広くて快適だが、コンクリートの立上がりがあるため、マリオには空しか見えない。たまに、パパさんの後について行って走り回ったり、ゴロゴロ転げ回ったりするが、やっぱり往来が見られないのは退屈だ。それにラセン状の階段がマリオには気に入らない。。
 家族はマリオが二階のベランダからは降りられないと安心している。そのせいか二階のテラス戸は常に開放されている。一階の出入り口から自由に出られないマリオは土が恋しくて、何度かダイビングを試みるが自信がなかった。
特に二階のベランダは視覚的に無理とあきらめていた。
中二階のベランダは長男の部屋(元はパパさんの書斎)の南面に張り出していて道路を二方向に見渡せる構造になっていて、マリオの大好きな場所だった。
 そこは二階のベランダとは階段でつながっていて、一メーター低く地上に近いことが魅力的で、独力で地面に降りられる可能性があった。マリオはベランダの手摺の間から首を出して、地上との目測をしていた。
 娘は「マリちゃん、あそこに行くと危ないよ」と手摺の隙間から落ちる事を心配して注意した。
 マリオはそれとは逆に、自力でできる地上散歩の可能性を追及していたのである。
 ある日曜日、朝の御飯をたっぷり食べて、昼過ぎまでぐっすり睡眠を取り、起き掛けに充分な屈伸運動をした後、外部の空気を吸いに二階のベランダに出た。
 何のきなしに手摺の格子越しから道を見ていると、三毛の同族が横切るのが見えた。その行方を追いかけながら中二階のベランダに行った。影も形もなかった。
 手摺の隙間から首を出して、姿を求めているうちに庭の土が目に入った。
(よし、降りよう)手摺の外に出て体制を整えフワッと降りた。
 着地してから、突然の変化を確かめるように何秒か静止して(なんだ、簡単じゃないか)と思い歩きだした。
 悪気もなく縄張りである庭の散策を始めた。「アレッ、マリオが…」と居間で娘がびっくりしている。
 「どこから出たの」と言って、庭に出てきて抱きすくめられた。
 一階中の出入り口が確かめられた。
 開いているところはなく、娘はマジックにかかったようだった。
 それから一階の出入り口の監視が厳しくなった。
 後日、二度目のダイビングがばれて、中二階のベランダにネットが張られ、自由外出はできなくなった。



庭を自由散歩