
又、眠くなってきたよ
純白のペルシャ猫“マリオ”が亡くなって8年になりますが、未だに家族の心にはマリオが存在しています。 折々の家族の会話にマリオの思い出が登場し、その傍らに聞耳を立てながら、マリオが寝そべっているような錯覚を与えています。

ー仕事始めー
正月が終わると、四日からパパさんは会社に出勤する。
ママさんと娘は朝から大忙しである。朝御飯の後片付けもそこそこに、ママさんと娘は車で買い物に出かける。
どっさり買い物袋を抱えて帰ってくる。マリオは気になってしようがない。
「マリちゃんには前に買ってあげたでしょう」と娘が言うが、確認しないと気が治まらない。キッチンの床に広げられてある買い物袋を一つ一つ確かめる。
ママさんと娘は一日中、キッチンで色々料理を作っている。夕方になるとママさんも気合いが入ってくる。
「早くしないと来るわよ」
ありったけのテーブルを並べて、料理をセットして準備完了する。
一息ついだところに「ピンポーン」とくる。パパさんの会社の第一陣だ。
口々に「明けましておめでとうございます」と言って上がりこむ。ママさんは一人一人応対している。
マリオは取りあえず、次男の部屋に待避する。皆、知らないおじさん達である。
ママさんが「(パパさんが)早く帰ってくれないと困るわ」と独り言をしている。
第二陣、第三陣と来て、その後にちょっぴり酔ったパパさんが「悪い、悪い」と言いながら帰ってきた。ビールの栓が抜かれ、全員で「おめでとうございます」と叫んで、仕事始めのホームパーティが始まる。
総勢三十人近い人数で、社宅にしては広い十五帖の居間と隣り合った八畳の和室が、足の踏み場もないほどである。靴は玄関からはみ出している。
マリオも様子を伺っていたが、頃合を見て会場に行く。
若い社員が「おっ、すごい猫だ」と言っている。
見知らぬ人間には警戒するが、座の真ん中あたりにパパさんが居るから安心できる。それに料理の匂いが気になってじっとして居られなかった。
ママさんが「マリちゃん、駄目よ」と言っているが、美味そうな匂いの誘惑には勝てない。
ママさんは、マリオの毛がお客さん達の洋服に付くのを心配していた。お客さんに「すみませんネー」と謝っている。
マリオはお客さんの間をすり抜けながら、あちこちで料理を貰って満腹になったところで退場する。パーティは夜の十二時近くまで続いて、お客さんは三々五々に帰って行く。
パパさんはすっかり酔って、早々に寝てしまう。
それからが大変である。ママさんと娘は後片付けで夜中の三時ぐらいまでかかってしまう。
パパさんが本社転勤になるまで、毎年正月明けの定例行事だった。
ーモンローウォークー
猫語の代表的なものは「ニャーオ」である。語調によっていろいろな意味がある。「ゴロゴロ」と喉を鳴らすのは、気嫌のよい時か気持ちの良い時だ。
警戒する時や気分を害した時は「フーッ」と喉から声を出す。
闘争する時の「シャーッ」は、相手を威嚇するために使う。体を蛇のように丸めた体形でするので、猫は蛇の親戚のように言う学者がいるが、定かではない。
常に声を出して訴えれば、一緒に住んでいる人間ならば大体の意思は通じるが、マリオに限らず犬に比べて猫類は無口だ。そのために結構態度で示す場合が多い。
こちらが必要な時は鳴いて訴えるが、いちいちニャーニャー鳴いていられない。
猫のボディランゲージは犬のように派手さがないために、その意思を汲むためには注意を要する。マリオのボディランゲージの手段としては、長く太い尻尾を有効に使う。
幼い頃からティールコミュニケーションが得意だったが、家出した時尻尾に負った傷がしばらく完治しないため苦労した。
仙台に引っ越してから、娘が大学の友達から評判のよい獣医院を聞いてきて2回の通院で治ってしまった。
尻尾のかたちで気持ちを伝える。伝える必要がなくても自然とかたちになる場合もある。気分の良い時は直径5センチぐらいに尻尾が膨らんで、歩くときは垂直になる。大名行列の先頭を行くぼんぼりみたいなかたちだ。
普段は床を擦らない程度に尻尾を下げて歩く。これがマリオにとっては一番楽な歩行姿勢なのだ。
垂直の時は相当尻尾に力を入れないといけない。それでも嬉しさを示すために太く真っ直ぐにして歩く。
後ろから見ると、モンローウオークのように尻を左右に振りながら歩くらしい。娘はケラケラ笑うが、気にはしない。
名前を呼ばれた時は尻尾の先を振る。起きていても、うとうと寝ている時も同じ動作をする。うたた寝をしていると、娘は退屈しのぎに名前を呼ぶ。その度に尻尾の先を最小限に振って、聞こえていることを伝えるのだが娘はしつこく呼ぶ。
猫の生命線は寝ることだということを理解していない。煩わしくなるが「マリちゃん」と呼ばれると尻尾の先っぽが無意識に動いてしまう。

ーネバーギブアップー
仙台にきて2年目の夏。例年にない猛暑になった。毎日真夏日の続く熱暑だった。長毛のマリオには地獄の沙汰である。日光浴は大好きだが、そんな暑さでない。家の中で涼しいところを見つけて歩く。
取りあえず玄関のコンクリート。やや快適だけれども、家族が出入りしたり、来客があると落ち着かない。次は浴室。ヒャッとしてマァマァ快適だが、湿っぽいのが玉に傷である。
家族も我慢の限界にきていた。特にママさんは「あなた達は外で涼しいところに居るから良いわね」と言っていた。
強烈なのは娘である。家に帰ると「何、この家は、今ごろクーラーのない家なんてないよ」である。
ママさんはパパさんに訴えた。
「あなたは会社で涼しいから良いだろうけど、(クーラーのない)家に居る人は堪らないわよ」
「何言っているんだ、東京でも我慢したんだから、我慢、我慢、そのうち東北は涼しくなるよ」
ムッときたママさんは「あんたは良いわよ、お酒を飲んで寝る時しか帰って来ないんだから」と言った。マリオもうなずいた。
パパさんはこの言葉にはグラッときた。
猛暑は涼しくなるどころか、8月に入っても治まる気配がない。ママさんとマリオは唯々、耐えていた。
お盆近くのある土曜日、娘の堪忍袋の尾が切れた。
「お父さん、マリオが死んだらどうするの」とパパさんに迫った。
パパさんはお盆が過ぎると涼しくなる、もう少しの辛抱だと考えていたが、長毛のマリオを引き合いにされると弱かった。
「あした買いに行くか」
家族とマリオはしめしめである。
ところが、市内の電器屋は在庫ゼロで、ディスカウントショップをはじめ行く店がことごとくクーラーは売り切れだった。それぐらい凄い夏だった。
パパさんとママさんは諦めかけたが、娘は「ネバーギブアップ」精神を発揮した。
郊外の大型スーパーでとうとう展示品のエァコンを見つけた。取り付けは手が回らずお盆過ぎになったが、念願のクーラーがついた。
ママさんは「マリちゃん、涼しくなって良かったねー」とマリオの頭をなでた。
猛暑は10月半ばまで続いた。

ー留守番ー
車を買ってから、やたらと外出することが多くなった。
特にママさんは娘の運転で重宝しているようだ。車を買う時、娘がパパさんに約束したことを、自分への約束にすり替えて「あそこに乗せてって」とか、出先のデパートから「迎えにきて頂戴」とフルに利用していた。
夏休みを前に、ママさんの実家に行く相談をしていた。娘は「皆で行こう」と提案している。マリオは(勘弁して欲しいナー)と思っている。パパさんが夜遅く帰ってきて娘が聞いた。
「お父さん、今度の金曜日盛岡に行かない」
「駄目だよ、仕事があるから」
「フーン」
娘は翌日ママさんと相談して、パパさんとマリオを留守番にすることにした。
かくして、マリオはパパさんと2人(一人と一匹)で留守番することになった。
留守番の初日、パパさんは朝御飯をそそくさと食べたり、マリオに餌を食べさしたりして出勤していった。残されたマリオは自由に廷内探訪をする。部屋の戸は全てマリオが出入りできるように開けていった。家中好き勝手に歩き回り、寝たい時に寝て自由気ままな一日を過ごしていたのである。
夕方になって腹が空いても、朝にたっぷり入れた餌が半分以上残っていて、別に不都合はなかった。さすが夜になると、いつもなら家族が居るのに誰も居ないというのは寂しくて仕方がない。
頼りのパパさんも帰ってくる気配はない。
12時近くに、玄関の鍵がガチャッと音がした。マリオは寝ていたが玄関に出てみると酔っ払ったパパさんがふらつきながら靴を脱いでいた。マリオは(遅いぞ、何していたんだ)という態度で寝ていたところに踵を返した。
パパさんは「おい、マリオ」と呼んだ、ふり向きもしない。
「そうか、寝るか」といって歯を磨いてパジャマの着替えもそこそこに蒲団に潜りこんだ。
翌日の朝も前日同様、パパさんはバタバタと出て行った。マリオの食器には山盛りに餌が盛り上がっている。
その日はどういう訳か、訪問者が多くてひっきりなしにチャイムが鳴った。のんびり寝る暇がないくらい多かった。
ひとりで留守番のマリオは心細くなった。夕方にはママさん達も帰るだろうと心待ちにした。夕方になっても誰も帰ってこない。
さすが夜には訪問者はなくなったが、ひとりぽっちのマリオには寂しさがつのる。
頼りのパパさんは相変わらず帰って来る気配がない。食欲も湧かない。
深夜12時をちょっと回った時刻に、玄関の鍵がカチャカチャなった。
(あっ、パパさんだ)マリオは嬉しくなって玄関に飛んでいった。
ふらふらとしたパパさんが入ってきた。
酔眼朦朧としたパパさんに「おっ、マリオ」と声をかけられた。
「ニャーお」と返事をしたマリオは、本当に嬉しくて、嬉しくて、家中を全速力で走り回りながらお腹が空いていることを思い出していた。

大学生になったばかりの娘が自動車学校に行きたくて、ママさんに催促している。
「お兄ちゃんの時は、高校を終わって直ぐに(運転免許を)取らしたのに」
ママさん「そんなこと言ったって、お父さんに言いなさい」
「(免許と車が)あれば便利よ、買い物も楽だし、マリオの病院だってタクシーを使わなくて良いし、(盛岡の)お祖母ちゃんのとこだって車で行けるし」
パパさんは夏のボーナスが出たら、自動車学校に通わせる積もりでいたが、そんなことはお構いなしの要求である。
娘は大学の友達のパパさんが自動車の販売会社にいて、頼むと(中古の)車を安く買える話を聞いて、夏までには運転免許を取りたかった。
パパさんにすれば、娘の私立大学の入学金を払った直後で、とんでもない話しだった。
しかし、娘はくじけなかった。
「お父さん、分割で良いから、学校に通っていい?」
パパさん「しようがないな、幾らかかるんだ」
とうとう、自動車学校に通い始めた。
大学の合間にせっせと通い、2か月も掛からないで運転免許を取ってしまった。
免許を取ると、次はマイカーである。娘は山の上にある大学は通学に不便なことをパパさんに訴え始めた。
マリオはパパさんに同情しながら聞いていた。
パパさんは財布が休む暇がないとこぼしている。
娘は「お父さん、中古だけど安くて良い車があるから」と迫っている。
「見るだけで良いから」と日曜日にママさんも一緒に連れ出して、販売店に出かけた。
パパさんは娘の友達のパパさんと話をしている内に、何となく買う気になっていた。
真っ白いサニーが社宅前の駐車場に鎮座した。
娘は意気揚々と自動車通学を開始した。
長男は「お父さんは、○子に弱いんだから」とひがんでいたが、共有感覚でちゃっかり乗り回していた。
マリオも時々乗せて貰った。
幼い頃に乗ってないので乗り心地は良くなかったが、窓越しに見える街の風景が珍しくて、車の窓にへばりついて乗っていた。
家にいるほうが良いんだけどな
ー全国大会ー
日本に学会と名のつく団体が幾つあるか判らないが、パパさんも幾つかの学会に所属している。その中で最大規模のものは日本建築学会である。会員数は3万数千人で日本でもトップクラスのメジャー学会でもある。
パパさんはJRになった年から、仙台にある建築学会支部の役員になった。忙しい仕事の合間を縫って、月に1回の常議員会、担当部会の事業執行やら結構大変だった。
学会活動は学者先生の実績づくりみたいなところで、パパさんがせっせと真面目にしなくても良かった。しかし、パパさんはせっせとやった。これには訳があって、役員会の最初の顔合わせを兼ねた新年会で、同じ役員の大学教授に(国鉄出身の役員は)「国鉄時代は名前ばかりでほとんど出席してくれませんでした」と言われた。
これにはパパさんも恐縮するやら、役員だった国鉄の先輩を恨むやらで、汚名返上の決心をしたのである。
支部役員は好評のうちに2年の任期満了をむかえた。
翌年に学会の全国大会が仙台で開催されることに決定していたため、支部長先生から全国大会お手伝いの要請がかかった。パパさんは無役で手伝うのは立場が弱いという理由で学会本部の役員に立候補して当選した。そして全国大会実行委員会の事業部会を手伝うことになった。
JRは発足と同時に旅行業の登録をしており、学会の全国大会は絶好のビジネスチャンスであった。パパさんは新設された旅行業の担当部所を督励して、社業と学会活動の二足の草鞋をはいた。
全国から数千人が集まるため、切符の手配、ホテルの予約とてんやわんやだった。ホテルは市内でまかないきれず、近傍の温泉・観光地の宿を手配したが、それでも足りず隣県のホテルまではみ出した。
全国大会の初日、恒例のレセプションパーティが開催される。それの実行責任者にパパさんがなった。
パパさんは自分が建設したJRのホテルを会場に選定して、パーティの骨格を作った。参考にしたのが、前年広島で開催された大会だった。
広島では、会場の大学食堂でパーティがあり、あまり華やかな印象は受けなかった。参加者も300人程度だった。
パーティの企画で一番大切なことは、出席者数の予測だ。前年の例から、会場の立地条件を考慮して500人の出席を見込んだ。立食パーティという条件を加味して、ホテルには参加予定者数の0.7掛けで料理を頼んだ。
ここまでは非常に堅実なパーティプランだったが、当日ハプニングが生じた。
会場が駅に隣接して都心という好条件を反映して、パーティ参加者は予想を遥かに上回って、700人強になったのである。受付の指揮を取っていたパパさんもびっくりした。準備した料理の2倍以上の参加者だ。懸命に受付をさばきながら宴会場をのぞくと、熱気むんむんの状態だった。
会費の整理を終えたパパさんが、パーティに参加した時、料理はほとんど無くなっていた。パーティは2時間で終わり、参加者達は談笑しながら三々五々に街へ散った。
会場に残された無数の食器はことごとくきれいになっていた。ホテルのパーティというと料理の半分以上が残っていつもは勿体ない思いをしていたパパさんだが、(料理が足りなかったのではと)ちょっぴり罪悪感にとらわれた。
全国大会は3日間のスケジュールを全てこなして、無事終了した。週末、くたびれたパパさんはマリオと一緒に1日中寝転んでいた。

パパちゃん、疲れたね
大会後の役員慰労を兼ねた会合で、パパさんは実行委員長にパーティの不手際を謝った。
委員長先生からは「いえいえ、(料理が無駄にならなくて)最近にない気持ちの良いパーティでした」と逆に感謝されたそうだ。
娘が高校を卒業して仙台の大学に入ったので、仙台に家族全員引っ越しすることになった。
仙台にはパパさんと2年前大学生になった長男と先に行っていたが、家族全員揃うと狭いので、パパさんは今までの狭い社宅から広い社宅に移った。
荷物は10トントラックで行くが、家族は新幹線で移動する。問題はマリオである。
動物は新幹線に乗せられるかという疑問が生じたが、パパさんの一言で解決した。
「ペット用のバスケットに入れて、犬でも猫でも乗ってるよ」という既成事実が、家族の心配を打ち消した。
厳密に考えると駄目だったかも知れないとパパさんは今でも気にしているようだ。
何はともあれ、トラックを追いかけるように翌日の早朝、新幹線に乗り込んだ。最初のうちは、マリオは人込みの中で慎重にしていたが、初めて乗る新幹線に酔ってきた。バスケットの中で、おそるおそる鳴き声をあげた。
そばにつきっきりだった娘が気がついた。小さな声で「どうしたの、マリちゃん」と話しかけた。
娘は「お父さん、マリオが調子悪いみたい」とパパさんに訴えた。
パパさんは一瞬困ったが「よし、デッキに行こう」と言ってバスケットを持って席を外した。娘も一緒にいって「マリちゃん、もう少しだからね」と声をかけた。
一時間足らずであったが、マリオの生まれて初めての新幹線乗車は散々だった。
今までと違う匂いがする。部屋から部屋を匂い探訪したが、家族の匂いはどこにもない。
救われたのは同族の匂いがなく、これからはこのスペースがマリオの縄張りになるということだった。
ー恩返しー
パパさんは、仕事以外もいろいろしなければならないことがあって大変らしい。
JR
仕事のための仕事は有り得ない。
そんな状況の中でJR系の新電々会社が東北地域へ事業展開するという噂を聞いて、パパさんが仕事獲得に活動を開始した。新電々会社の友人のつてで、新幹線の線路敷に光ファイバーケーブル通信網を敷設する工事に付随した各地の中継施設をお手伝いすることになり、取りあえずやれやれになった。
パパさんは仕事がないために、数十人のスタッフがぶらぶらすることを一番恐れている。何としても国鉄時代の「余剰人員」という事態にならないようにと頭を悩ませている。改革時の雇用対策を思い出しただけで、ゾッとするらしい。
その後は、JR初の新幹線

山形新幹線“つばさ”
本来の職務のほかに、管理職にはやらなければならないことが多い。部外とのおつきあいだとか、技術部門といえども増収活動であるとか、国鉄時代もお盛んだったがJRになってからも選挙応援の依頼がくる。
特に東北は国鉄改革でお世話になった代議士先生が多い。恩返しの意味もあるのだろうが、パパさんにとって選挙応援はあまり気乗りしない活動のひとつだった。
しかし、総選挙ともなると東北には改革当時運輸大臣だったM先生、労働大臣だったH先生、自民党交通部会長のK先生と目白押しである。
パパさんも応援体制をとる。
パパさんはH先生の応援である。H先生は大臣時代「国鉄職員は一人も路頭に迷わせない」と言って、国鉄改革を側面から応援した古武士然とした老政治家である。パパさんは改革時に苦労した雇用対策を思い出し、恩返しの意味を込めて活動を開始した。
しかしH先生は本人が高齢なため支持者も高齢化していて、戦前より当落が厳しかった。
休日返上である。人を見ると頭を下げた。何人にお願いしたか見当もつかない。
投票当日、テレビの当落が中々出ない。選挙事務所で零時近くに当選確実が放送された時は、何回万歳したかわからないと言う。
その晩、選挙事務所の近くのホテルに泊まったパパさんは、同行した同僚と軽く祝杯を上げた後、ベッドでぼろぼろに痛む歯を夜通し冷やして一睡もできなかった。
マリオはたまに帰るパパさんに頭を撫でられながら、人間社会の複雑さに頭をかしげていた。
パパさん“ご苦労さん”
―寒い夜―
盛岡は本州で一番冷え込む。真冬日と称する終日零度以下の日が一冬に10数回ある。日中でもマイナスだから、夜はドンドン気温が下がる。マイナス10度を超えて、最低気温がマイナス20度近い夜も何日か出現する。
マリオは幼い頃、一人寝の環境で育ったため家族に抱かれるのは苦手だ。コタツで膝に抱かれることもあるが、抱いている人間が動くのを見計らって本来の自由なスペースに移動する。
しかし、幾ら強がっても厳寒の夜は別だ。家族が寝た後の居間はしばらく暖房の余熱で暖かいが、夜が更けるに伴い室温が下がる。長毛とは言え、室内暮らしで耐寒訓練は皆無である。我慢の限界がきて、やおら二階の寝室に向かう。
娘の部屋に入り、ベットに上がり枕付近の隙間から布団にもぐりこむ。娘は寝ぼけながらマリオが寝やすいように布団の中にスペースを作ってくれる。娘の体温で温まった空間はまことに暖かい。娘の寝返りに合わせながら小一時間寝るが、そのうち暑くなる。
自分の体温に娘の体温が加わる密閉空間では、暑さと共に息苦しくなる。もぞもぞ這い出して枕の横に顔を出す。娘は枕元に隙間ができて冷えた空気が首あたりにしのび込むため、布団を引っ張る。
マリオは落ち着いて寝られない。抜け出して布団の上で寝るが娘の寝返りと寒さで安眠できない。
次なる手はママさんの部屋だ。パパさんが単身赴任のため広い部屋の真ん中に布団が一つ寂しく敷いてある。枕元から忍び込むと、ママさんは寝ぼけた声で「アレッ、マリちゃん」といってスペースを空けてくれる。
娘に比べると手ごろな暖かさだ。それでも布団に潜り込んでいると、息苦しくなる。ママさんの枕元に顔を出す。まことに快適な就寝環境になるが、うつ伏せで寝ていると息苦しい感じがしてならない。
単身赴任中のパパさんに叱られそうだが、ママさんの大き目の枕の端を拝借して仰向けに寝る。
厳寒の夜は寝不足になるので大嫌いだが、ママさんは湯たんぽ代わりになるので喜んでいる。

ー靭帯切断ー
マリオの無愛想な相手だった長男は、仙台の大学に行ってパパさんのいる社宅から通学している。大学では高校時代と同じラグビー部に入った。実力のないクラブで、長男は入部と同時に準レギュラーだった。
娘は高校3年で大学受験を控えていた。
パパさんは長男で懲りているためか「浪人は駄目だぞ、どこでも良いからストレートだ」と言っていた。
娘は危機感ゼロで、推薦で入れるところを考えていたから気楽である。
ゴールデンウィークにパパさんと入れ違いで、兄貴のおさんどんを兼ねて仙台に遊びに行った。
連休の中日の夜に仙台に行っていた娘が泣きながら電話を掛けてきた。
「お兄ちゃんがケガをして入院したの」
パパさんが電話に出て様子を聞くと、ラグビーの試合で右足を靭帯切断したらしい。パパさんはその日のうちに急遽仙台に戻って病院に行った。
お医者さん曰く「巨人の吉村より、ひどいですよ」
手首は浪人時代にマリオが相当鍛えてやったが、足までは気が回らなかった。
もっとも足を鍛えるには、マリオの猫キックぐらいでは人間のやるラグビーのタックルに対抗できるわけがない。
2ケ月入院して無事退院した。膝の骨の回りに金の輪が入っているらしい。
心配した後遺障害もなく、けがをする前より真面目になって、元気に学校に行っているようだ。
―ライセンスー
マリオが家族の一員になってもう少しで二年になろうとしていた。家族はマリオが居るのは当たり前で、家族構成の重要な位置を占めていた。子供たちは勿論、ママさんもマリオ抜きでは考えられない生活感覚になっていた。
一つだけママさんの気がかりはマリオがペット屋から連れて来た時、娘が「血統書付きなんだよ」と言っていたことだった。血統書は後から届くと思っていたが、二年近く経ってもその気配はない。
ママさんはパパさんに言った。
「お父さん、マリオの血統書は何時来るの?」
「あっ、そう言えば、ペット屋はすぐ届けると言ってたナー」
パパさんはその日に電話した。ペット屋も忘れていましたと言って一ヵ月後に、晴れてマリオの血統書が届いた。身体的な特徴から詳しく表現された血統書は額に入れられて娘の部屋に飾られた。
休日に帰ったパパさんが血統書をまじまじと見て気がついた。性別がFEMALE(雌)だった。パパさんはママさんと娘にそのことを言った。
(血統書を)「取り替えて貰うか」
ママさんと娘は「そんなこと、どっちでも良いわ」と言った。
ママさんと娘にすれば、マリオは去勢したから雄でも雌でもない存在だが、それ以前に家族としての存在感が強く性別はどうでも良かった。
ママさんと娘は性別よりマリオが紛れもなく正統なペルシャ猫であるというステイタスが大切だった。
翻って、パパさんは国鉄時代に比較すると一人六役の仕事をこなしながら、国家資格取得に熱心である。決してライセンスマニアでないが、訳があった。官は組織依存で仕事ができるが、民間は社員個々の能力が問われる。そのためパパさんは部下たちに資格取得を熱心に督励している。
督励するだけだとインパクトがないと思ったパパさんは自ら率先して受験する。その結果として合格する。
一級建築士は国鉄に入ってすぐに取ったらしいが、マリオが来てから技術系としては最難関の技術士も取った。国鉄時代は無視していたライセンスに次々とチャレンジして、部下たちへ模範を示す積りが両手で数え切れない資格保持者になった。
社外の人から「お忙しいのに?」と不思議がられるらしいが、パパさんはけろっとして「試験は集中力ですよ」とさりげなく応えている。
マリオは生まれついての正当ペルシャ猫であるが、猫社会ではあまり価値がない。
飼っている人間の満足感が優先するライセンスなのだ。

ー木登りー
家の庭は結構広くて、パパさんが色んな木を植えていた。家を建ててから六年経過していたから、同時に植えた木は結構な大きさに成長していた。庭に出るのが好きだったマリオは、教わることもなく木に登ることを覚えた。
特に好きな木は、人間の背より高いライラック(リラの木)と普源桜だった。
普源桜には時々原色のきれいな毛虫がいて、足でからかうとピリッと刺される。刺されると足がピリピリとして、体の調子が悪くなる。時には一日中体調不良になってしまう。そういう時は、刺された足をせっせと舐めるが時間が経たないと治らない。
それでも懲りずに木登りをする。
猫は高い所に登るのを好むが、同類の豹も木登りが得意である。とにかく高い所に登ると世の中が良く見えるし、安全なのである。
いつも下から見ている家族も、木登りをすると見おろせる。
最初の頃は登ることしかできなかった。降りたくなると、鳴いて頼むしかなかった。その度、パパさんが脚立を持ってきて降ろしてくれた。
そんなことを繰り返している内に降り方も覚えてしまった。しかし、具合の悪いことに庭に出る時は首輪をつけられるので、登った通り下りないと紐が絡んで首吊り状態になる。
そんな経験を積んで木登りする時は、家族が近くにいる時に登るように心掛けている。
ベランダや屋上も高くて良いが、やっぱり木の上はちょっぴり野生の本能をくすぐられるし、庭の王者になったような優越感がなんとも言えない。